*結ばれない手* ―夏―
「もちろん。それで構わないさ。杏奈は拓斗を通して私を愛してくれている。それもまた『愛』だよ。それに……彼女は『拓斗』を産んでくれると約束してくれた」

「……え?」

 凪徒の脳裏に以前隼人が放った『()(しろ)』という言葉が一瞬よぎった。

「私、隼人さんとの間に『拓斗』を産むことのしたの。──大丈夫。二人して頭がおかしくなった訳じゃないから心配しないで。桜と三ツ矢の『愛の後継者』──もう『家』の犠牲になんて……失敗なんてしないわ。ちゃんと育ててみせるから楽しみにしていて」

「──」

 凪徒は再び自分に投げられた自信たっぷりの宣言と、暑いくらいの二人のラブラブ振りに眩暈(めまい)を起こしそうになった。

 でも、瞬間気付く。

 心血を注いできた息子と、病弱ではあったけれど気丈に自分を支えてきた妻を亡くした中年男。

 一方同じく最愛の恋人を若くして失った女。

 二人が慰め合い、欠けてしまった心のスペースを、お互いへの愛情で埋めてきたこの五年間は、二人にかけがえのない絆を生んだ──けれど自分は……その痛みからずっと目を()らし逃げていた──どれだけ二人が自分よりも強く、自分がどれほど弱いのかを思い知らされた気がした。


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