*結ばれない手* ―夏―

[8]偽りと追及

「モモちゃん、着いたわよ。起きられる?」

「あ……」

 近くで聞こえる自分を呼ぶ声と、柔らかく肩を揺らす力で目を覚ました。

 モモは暗い車内で焦点を合わせようと幾度か(まぶた)(またた)かせた。

 杏奈の(つや)やかな紅い唇と、その魅惑的な瞳が視界を鮮やかに彩り、モモに現実を思い出させた。

 ──そうだ、あたし、途中で眠ってしまって……。

「あっ、すみません!」

 慌てて飛び跳ねたが、シートベルトに自由を邪魔され背もたれにのけぞってしまう。

「大丈夫? 疲れたでしょ? 良く休んで、明日からの公演も頑張ってね」

 すっと伸ばされた形の良い手が頬に触れて、スルりと顎の先までを撫でられ離れる。

 その色気のある微笑みに、モモはつい頬を赤らめていた。

「お食事とお洋服と……本当にありがとうございました!」

「いいえ。またね、モモちゃん。近い内に来るわ」

 サーカスの敷地の入口で降車し、直角にお辞儀をする。

 ウィンドウから手を振る杏奈を見送りホッと息を吐いた。


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