*結ばれない手* ―夏―
「……うぷっ?」

 後頭部が大きな何かに抱えられ、前方に押し出され、と途端顔面が何かに圧迫された。

 まだ乾ききらないモモの髪が、シャンプーの香りを漂わせながら揺れた。

 ──え、えと……これはどういう状況なのかしら……?

 顔に押し当てられているのは、おそらく凪徒のTシャツだった。

 モモと凪徒の身長差は約三十六センチ。

 なのでお互い真っ直ぐ立てば、モモの顔はちょうど凪徒の胸辺りになる。

 ──こ、これってお詫びのサービスなのかな……明らかに抱き締められていると思うんだけど……。

 が、あくまでも押さえられているのは頭の後ろなので、抱擁されているのとは違い息苦しく、また凪徒の胸板は筋肉で硬いため、(まぶた)の傷も押されて痛んだ。

「ごめんな……本当に」

 沈痛な声色の言葉が上から落ちて、ようやくモモは解放された。


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