*結ばれない手* ―夏―

[17]売り言葉と買い言葉

「イイナズケってなぁに?」

 金縛りに()ったようなモモの身体の後ろから、リンの質問が聞こえた。

「フィアンセって言えば分かる?」

 これは秀成の答え。

 ──あれが訪ねてきたっていう美人か……確かにどえらいベッピンだな……。

 暮は杏奈の魅惑の微笑から目が離せぬまま、更に近付こうとするリンの動きを(さえぎ)った。

 明らかにあの三人の居場所だけ気温が低そうだ。

 これ以上近付けばこの真夏の最中に凍死しかねないと思った。

「あれは親同士が勝手に決めた約束だ……俺は認めていない」

 依然右肩に置かれている凪徒の手に力が込められて、モモはようやく硬直から解かれた。

 美男美女に、想像もつかないお金持ちに、親が決めた結婚って……どこかのドラマにでもありそうなシチュエーションだ──と、まるで客観的に状況を観察するいやに冷めた自分が見えたが、その自分は驚き固まるもう一人の自分に、「正気に戻れ」と心臓を握り潰そうともした。


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