*結ばれない手* ―夏―
 杏奈の部屋はシンプルでスタイリッシュながら、置かれた調度や装飾は意外に少女趣味だった。

 モモが休んでいたベッドの片隅にも、可愛らしく手触りの良いクッションやぬいぐるみが数点並んでいる。

 部屋を出てすぐのやけに広いパウダールームで顔だけは洗わせてもらったが、どうにも不安が(ぬぐ)い去れないモモはシャワーを浴びることは遠慮した。

 着替えればまたミニスカートを履かされかねないし、そのままの格好で帰るなんてことになったら、もうあの凪徒との噂も否定しきれないに違いない。

 支度をしている間に杏奈の部屋に用意された朝食は、これまた意外にも純然たる和食だった。

「どうぞ、遠慮なくね」

「は……はい、頂きます……」

 はっきりとした顔立ちやお洒落な装いからのみでは、人というものは判断出来ないのだな、としみじみ思う。

 高級旅館で出されそうな地味目ながら洗練された食事に手を付けると、どれも素材本来の味が引き立てられた素晴らしい料理だった。


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