恋、煩う。
2
結婚して早六年。いつから歯車が狂い始めたのか。
少なくとも付き合っていた頃は普通だった。そりゃそうだ。この人となら素敵な家庭を築ける。そう思って結婚に踏み切ったのだから。
「ただいまー……」
家に入り、挨拶してしまうのはもう癖だった。そして返事が返ってこないことも、いつものことだ。
ため息をつきながら靴を脱ぎ捨て、煌々と明かりの洩れるリビングへの扉へと向かう。側まで来るとテレビからの笑い声も漏れ聞こえてきて、心が重く沈んだ。
なるべく音が出ないようにドアノブを捻り、ゆっくりと開けるとこちらに背を向けたソファーの背もたれに、黒い頭が見える。すい、と視線を横に逸らせば、テレビとソファーの間に位置するローテーブルには、潰れた空き缶が幾つか転がっていた。
気付いてしまうとうっすら鼻を掠めてくるような気さえするアルコールの臭いに眉を顰めながらも、再び吐き出しそうになったため息はどうにか堪える。ソファーに座る男に聞かれたら、どんな反応をされるか分かったものじゃないから。
寝ているのか、起きているのかすら分からない。
微動だにしないその後頭部を見つめながら、キッチンへと向かい、水を流す。手を洗いながら、これから夕飯を作るべきかどうかで悩んだ。
もう同じ食卓を囲まなくなって久しい。無ければ食べないし、作って置いておけば次の日には無くなっている。作ったよ、とわざわざ声を掛けることはもう無い。
「……」
暫し悩み、簡単なものを作ることにした。一部はお弁当に詰めて持っていこう。
作りなれたレシピを頭の隅から引っ張り出しながら、もう二度と元には戻らないであろう夫婦の綻びについてぼんやりと考える。
初めは、きっと色々な夫婦が直面しているレスが始まりだった。
結婚して一年経つ頃にはもう、あらゆる夫婦の触れ合いが少なくなっていたように思う。
セックスは勿論、キスも、手を繋ぐことさえも。