恋、煩う。
お互いに仕事も忙しくなってきた時期だったから、彼は彼でタイミングを掴めないだけだと思った。
だから最初は私から甘えたりして、でもそれも、面倒そうな顔で振り払われたり、身を交わされたりして。そこで初めて気づいたのだ。彼の瞳に、もう昔のような温度が無いことを。
気付いたときは、冷水を浴びせられたような気持ちだった。だって全く気付かなかったのだ。
けれど、日を追うごとに冷えていく視線も、それどころか憎悪の渦すら映すようになった瞳も、少なくなった口数も、そのどれもが事実で、だけど、身に覚えが無かった。
彼が冷たくなってからも、暫くは罅割れた関係を修復すべく頑張った。
今考えると滑稽なほど彼に尽くしたし、料理も洗濯も掃除も、眩暈がするほど忙しい日々でも一切手を抜かずに頑張った。……でも、そんなことで彼の心は取り戻せなかった。
そしてある日、色を伴って触れた手を「気持ち悪い」と振り払われたその日、僅かばかり残っていた彼への情が跡形もなく砕け散った。
どうして彼が私への情愛を失ったのか、それは今でも分からない。だけどそこからは坂道を転げ落ちるようだった。
私から話しかけることがなくなると会話は消滅し、何がトリガーとなるのか時折厭悪の視線や言葉を投げつけられるくらいとなった。
本当は、三十を迎える前に子供が欲しかった。その数年後には二人目を。
思いを馳せていたライフステージも、今や見る影もない。
もう何のために結婚したのかも分からず、こんなことなら離婚した方がいいと何度も思った。
だけど「離婚しよう」とその口から宣告されることは無く、私から離婚届を突き付けることもまだしていない。
彼の両親はいい人だったし、彼は同じ会社の同期だ。離婚するとなれば社内から好奇の目に晒されることは必至で、ありがたいことに昇進街道を突っ走っていた私は、日々の忙しさを言い訳に離婚に絡むあれこれを面倒臭がったのだ。