恋、煩う。
それがいつの間にかまるで恋人のような間柄になって、暇さえあれば逢瀬を重ねて。
おままごとみたいに軽い気持ちで、幸せな上辺だけを掬い、その下に隠れる昏い本質からは目を逸らした。
彼との関係を一度見つめなおさなきゃとは考えていたけれど、それより先にスキャンダルになってしまっては意味がない。
大丈夫。全く会わないわけではないし、また初めに戻るだけ。そう自分に言い聞かせて、ひと月が経ち、愕然とした。
「松崎さん、この資料、ちょっと分からないところがあって……」
「ん、どこ?」
甘えるような声に、穏やかな受け答え。
耳の周りに纏わりつくようなそれに耳を塞ぎたい衝動を必死で堪える。
結論から言えば、全くもって大丈夫では無かった。
このひと月で、彼とプライベートで二人きりになったのは片手で足りる程度。
決して少なくはないけれど、でも全然足りなくて、心はあっという間に翳り、いまでは土砂降りの様相を呈している。
日を重ねるごとに米山さんが松崎くんに向ける視線は媚びを含み、私の心はささくれだった。
自分がこんなに心の狭い女だとは思っていなかったし、一丁前に若い女の子に嫉妬するほど、松崎くんに惚れこんでしまっている自分にも驚愕だった。
今だって、本当に分からないところがあって質問しているだけかもしれない。そう思うのに、本当は分かってるのに、わざと引き留めてるんじゃないの? なんて醜悪な考えが顔を引っ込めてくれない。
これは、非常にまずい。
恋人としても、上司としても。
「……ちょっと、席外すね」
結局それ以上見て居られなくなって、私は近くに居た部下にそう断ってから、逃げるようにその場を後にした。