恋、煩う。
本気で松崎くんに恋をしているのだろう。
恋に真剣な女の子の激しい感情に、私は気圧されてしまった。
真っ赤な顔で、私と松崎くんを引き裂こうと襲いかかる貝殻のような爪。私は断罪を待つように竦むことしか出来ず、向けられる牙をただ受け止めるため、ぎゅっと目を瞑った。
パシッ、と乾いた音がした。
だけど想定していた痛みはこれっぽっちも無く、恐る恐る目を開けると、視界に映ったのは米山さんの姿ではなく見慣れた広い背中だった。
「駄目だよ」
諭すように落ち着いた声を落としたのは松崎くんで、こちらからは見えなかったけれど、米山さんが息を呑んだ様子が伝わってきた。
「なんで庇うんですか……!」
非難めいた声が今度は松崎くんに向けられる。
だけど私に向けられたような怒りは含まれていなかったから、少しだけ安心した。
松崎くんは、もう少しで私の皮膚を抉っていたであろう爪先を寸でのところで掴み止めると、私を背後に隠してくれたようだった。
「よ──」
「俺が、迫ってるだけだから」
米山さん、ごめんね。よろけたところを助けて貰っただけだから。
苦しいかもしれないけどそう言い訳しようとした言葉は、凛とした声に遮られてしまった。
そして、聞き返すことなんて出来もしないほど、キッパリと告げられたその言葉に私も米山さんも目が点になる。
「俺が谷田部さんに惚れてて、勝手にアプローチしてるだけ。今もそう。だから、谷田部さんに当たるのは駄目だよ」
どうして。どうして、彼は。
少しの躊躇いもみせず、自分一人矢面に立つその姿に、泣きたくなる。
お互いに傷が付かない理由付けなんていくらでも出来ただろうに、彼はそうはしなかった。私に向けられた鋭い矢羽根が少しでも自分に向くよう、まるでそれが当然のように振る舞って。