恋、煩う。

それに比べて私は、足を竦ませたまま、ただ彼に庇われているだけで、本当に情けない。
恋人としても、上司としても、彼を守ってあげられない自分に嫌気が差す。

「そんな……相手は既婚者なんですよ、分かってるんですか?」

米山さんは彼の言葉を信じたくないようで、震える声でそう訊いた。しかし、松崎くんは惑うことなく頷く。

「分かってる。困らせてることも。でも、好きなんだ」
「……ッ、」

ミルクティーの艶やかな髪を乱し、小さな顔が俯く。
すぐにこちらを睨みあげた目は、今にも泣き出しそうに赤くなっていた。

「私、認めませんから」

それが、何に対してだったのか。
いけないことだと分かりながらも、私に懸想する松崎くんに対してなのか、強く撥ね付けることが出来ない、優柔不断な私に対してなのか。
それは終ぞ明かされず、行き場を失った私の重たく暗い感情もまた、彼に届くことは無かった。




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