恋、煩う。

ずっとこのままでは居られなかった。
彼の手を取るか、逃げるのか。いつかは決めなければいけなかったことで、今回の辞令はよい切っ掛けだったと思う。

そして私は、彼の全てから逃げ出すことにしたのだ。

面と向かって告げるのは怖くて、辛くて、泣いてしまいそうだったから狡い手段で終わらせた。
もう終わりにしよう。いままでありがとう。そんな色気のないメッセージを送って、既読がつく前にブロックして、トークルームを消した。
当然納得なんかしていないのだろう。時には見たことも無いような顔で私を捕まえようとしてくる彼から必死で逃げ回った。
米山さんの存在も、上手く働いてくれていたと思う。
彼女は彼女で、私と松崎くんを近づけないようにあれこれと動いてくれていたみたいだったから。

今日も、私からは離れたところで二人は隣り合って座っていた。
二人がいい雰囲気なのかどうか、気になったけど視線は向けられなかった。
万が一、あの大好きな宝石のような輝きを放つ暗褐色の瞳とかち合ってしまったら、囚われて、抜け出せなくなってしまいそうだったから。

「しかしあっという間に部長にまでなるとはなあ」
「田中はまずは課長を目指しなさいよ。私も部長も期待してるんだから」

笑って、油断すると湿っぽくなってしまいそうな空気をアルコールで流し込む。
年が明ければ、私はほとんど席に居ない。
そうして段々とフェードアウトしていって、お互いに思い出になっていけばいい。

二次会、三次会と続いた宴は針がてっぺんを越す頃にようやく終わりを迎えた。
徹夜でもするつもりなのか、四次会について騒ぎ始めた酔っ払い集団からするりと抜け、トイレへ。
軽く化粧を直してから出ると、もう集団ごと居なくなっていて、先に外に出たのかな? と首を傾げながら外へ向かう。
これで私の存在忘れられてたらちょっと悲しいんだけど……。

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