恋、煩う。


「──うん、良いわね。良く出来てる。あとで完成データ、メールで送ってくれる?」
「分かりました! ありがとうございます」

ホッとした表情で頭を下げた女の子は、入社二年目の米山さん。私がこの課の長となった年に配属された子で、まだまだ仕事の詰めは甘いけれど着実に成長している。
ふわりと柔らかいミルクティー色のボブを揺らしながら自席に戻る彼女を、満足な気持ちと、応援する気持ちを混ぜながらこっそり見つめていると「はい」という声と共に紙コップが置かれた。
黒いカップホルダー付きのそれを目を丸くしながら見た後で顔を上げると、松崎くんが微笑みながらこちらを見下ろしている。

「課長、ちっとも休憩しないで仕事してますよね。駄目ですよ、適度に休まないと」
「あ、ありがとう」

どうやらコーヒーを淹れてきてくれたらしい。
芳醇な香りと共に立ち昇る湯気に、張り詰めていた気が少し緩む。
冷めないうちに、とひと口飲んでからふと視線を上げると、松崎くんはまだそこに立っていて、視線が絡むと嬉しそうに目を細めた。
その眦に、抑えきれない甘さが滲んでいる気がして、思わずドキッとしてしまい慌てて目を逸らす。

(あ、あんまり見つめられると私が緊張してしまう……!)

きっと以前から、彼が私を見つめる眼差しの甘さに変わりは無いのだろう。
だけど……その、今はこちらにも疚しい気持ちがどうしてもあるので、彼のようには上手く立ち回れないのだ。

「松崎ぃ~、課長ばっか贔屓してんなよー?」

一人で勝手にスリルを感じてひやひやしていると、揶揄うような声が飛び、松崎くんの視線がそちらを向く。
ホッとしながら顔を上げると、唇を尖らせていたのは同期の田中で、松崎くんは苦笑を浮かべた。

「ちゃんと田中さんの分も用意してきましたよ」
「お、ほんと? 気が利くね~」

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