押しかけ婚〜あなたの初恋相手の娘ですが、あなたのことがずっと好きなのは私です
「母さん達に心配をかけるから、とりあえずこっちへ」
「うん」

しいちゃんに促されるまま、もうひとつの部屋の方へ入った。金曜日の夜から三日間いなかっただけだし、隣と間取りも同じなのに酷く懐かしく感じる。

「怪我は無いか?」
「大丈夫」

部屋に入り、リビングのソファに私を座らせて、隣に座った。

「怖かっただろう。オレがもう少し早く帰ってきていたら」

そっと壊れもの扱うようにしいちゃんは私の頬に触れてくる。大きくて温かいしいちゃんの手。私がずっと縋ってきた手だ。

「大丈夫。ちゃんと私を護ってくれたじゃない」

触れるしいちゃんの手に自分の手を重ねて包み込み、しいちゃんと視線を合わせた。

「しいちゃんはいつだって私のヒーローだもの」
「さっきみたいなこと、よくあるのか?」
「あんなのは滅多に。つきあってと言われたことはあるけど」
「前にもあったよな。友梨亜が高校生だった時。同じ学校の男の子が待ち伏せしてた。若宮、だったけ」
「成宮君ね」
「そう、成宮君。男のオレでも格好いいと思った」
「私にはしいちゃんが一番」
「・・・・ありがとう」

しいちゃんははにかむように笑う。

「友梨亜は変わらないな」
「うそ、変わったでしょ。大人になったわ」

変わらないと言われて口を尖らせる。成長していないみたいで気に入らない。

「変わらないと言ったのはその中身の話で、もちろん、大人になって、そしてますます綺麗になった」

熱のこもった視線を注がれ、どきりとする。しいちゃんが私にそんな視線を向けたことがあっただろうか。
照れくさくなって視線を外すと、しいちゃんの肩先が目に入った。
三日前、怒って彼に噛みついた。あの傷はもう癒えただろうか。

「歯形はまだちょっと残っている。今は少しうっ血しているかな」

私が何を言いたかったのかわかって先に答える。

「謝らないからね」
「わかっている。悪いのはオレだってわかっている」
「そう。じゃあ、どうして私が怒っているのかも、わかった?」
「オレが馬鹿だからだ。目の前にあるのが当たり前で、その大切さに気づかなかった大馬鹿者」
「しいちゃん?」
「他の人間はとっくに気づいていたのに、気づいていなかった。オレは今までそのことを無意識に避けていたのかも」

頬に触れるしいちゃんの手に力が籠もる。

「友梨亜は、こんなオレを嫌いにならないのか?」
「むかつくことはあるし、鈍感で腹が立つけど、私の気持ちは変わらないよ」
「友梨亜は、オレにとって大事な女の子だった。日本に帰ってくると、オレを笑顔で迎えてくれる。会う度大きくなってどんどん変わっていく。でもずっとオレを慕って懐いてきてくれた。大好きないとこで初恋の人の娘」

やっぱりしいちゃんはお母さんのことが好きだったんだ。

「なのに、オレはそんな大事な君を汚そうとした」
「え?」
「お酒を飲み過ぎて帰ったあの夜、オレはどうかしていた。最初はそんなつもりはなかった。本当だ」

しいちゃんは何を言おうとしているのか。お酒を飲み過ぎて帰ってきた夜と言えば・・・

「え、え、えええええ!」

ま、まさか憶えていたの?

「夢だと思っていた。なんだかいい香りがして、柔らかくて気持ちいいものがあるなと、無意識に手を出してしまった」
「え、い、いつ?いつ」

顔が一気に赤くなり顔から火が出そうになる。

「君の大事な部分に触れて、君が声を漏らした時、夢ではないと気づいた。しかも、友梨亜に手を出すなんて。ごめん。あんなことするつもりじゃ」
「でも、『すみれ』ってお母さんの名前・・・・」
「そりゃあ、大事な娘を辱められたと頭に鬼の形相の菫さんが浮かんだから」
「わ、私はてっきりしいちゃんは、お母さんと私を間違えているんだと・・・」
「わあ、やめてくれ、菫さんとなんてとんでもない。昔は好きだったけど、そういう意味ではもう思ってなかった。仁さんと結婚して母親になった菫さんは、仲のいい親戚のお姉さんだったよ。友梨亜はその娘さん・・・だった」

すっとすぐ目の前に顔を寄せてきて、まじまじと私の顔を穴が空くくらい見つめる。

「オレは卑怯だ。そして大馬鹿者だ。十二歳も年上なのに、あそこまで言われなくちゃ自分にとって何が大切で、何をするべきかわかっていなかった」
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