押しかけ婚〜あなたの初恋相手の娘ですが、あなたのことがずっと好きなのは私です
しいちゃんは私とひと回り年の差がある。
両親が亡くなった時、私は十歳。彼は二十二歳で大学を卒業する歳だった。

年上のかっこいいお兄さん。
最初はそれだけだった。
普段から人見知りしない私は、この母の従弟にも最初から抵抗もなく接していた。

「初めて友梨亜が『しーちゃ』って言った時はめちゃくちゃ嬉しかったぞ♡ ほらオレって昔からでっかいから、変に威圧感があるのか、特にちっちゃい女の子は怖がって、オレを見て泣くんだよ。でも友梨亜はオレを見て笑ったんだよ」

両親が亡くなった年のゴールデンウィーク。しいちゃんが我が家に遊びに来た。卒論の準備と就職活動で忙しく、半年ぶりの再会だった。
海外にいた間も彼は一年に一回は日本に帰ってきていて、大学に合格して住む場所が決まるまでは我が家にも一ヶ月居候していて、他に兄妹のいない私は、両親より歳の近い彼にすっかり懐いていた。

「しーちゃんってロリコン?」
「ロ…」
「やだ友梨亜、そんな言葉どこで…ごめんね真嗣くん。悪気はないのよ」
「うん…わかってるよ。でもショックだな。菫さん」

ロリコンの意味もよくわからず、友達が使っていたのを使ってみただけだったが、落ち込むしいちゃんと慌てる母親を見て、言ってはいけない言葉を使ったと悟った。

「ごめん…ごめんなさい、しーちゃん…友梨亜のこと、嫌いにならないで」

必死で彼にしがみついて許しを求めた。

「大丈夫だよ、友梨亜。友梨亜がオレを嫌っても、オレが友梨亜を嫌いになんてならないよ。友梨亜のことが大好きだよ」
「ほんとう?ほんとに本当?」
「当たり前だよ。友梨亜は大好きな従姉の菫ちゃんの娘だからね」
「じゃあ、友梨亜のこと、お嫁さんにしてくれる?友梨亜、しーちゃんのお嫁さんになりたい!」
「う〜ん…それはどうかなぁ」

母としいちゃんが目配せしあい、困った顔をして言った。

「いやなの?友梨亜を好きだって言うのは嘘なの?」
「違う違う。友梨亜は大好きだよ。でも、友梨亜はまだ十歳だし、これから色んな人と出会う。オレより好きな人が出来るかもしれないだろ? それに、女の子は十六歳にならないと結婚できないんだから、六年先のことなんて誰にもわからない。だね、菫さん」
「そうね。あなたはまだ子どもなんだから、そんなに急いで結婚相手を決める必要はないでしょ。それに、あんまり早くあなたがお嫁に行っちゃったら、お父さんが悲しむわ」

父が悲しむと聞いて、お父さん大好きっ子の私はそれ以上しいちゃんと何が何でも結婚するとは言えなかった。

母もしいちゃんも、私が彼のお嫁さんになるのを諦めたと思ったのだろう。

「結婚と言えば、菫さんの花嫁姿、綺麗だったよね。仁さんも惚れ直したんじゃない? 今でも綺麗だけど」
「あらありがとう。やっぱり外国暮らしが長かったからか、女性を喜ばせるのが上手ね。うちの人なんて、付き合っている時もあまり綺麗だとか言ってくれなかったわ」
「まあね。でもオレだって思ってもいないことは言わないよ。そう思ったから言っただけ」
「そういうこと、私だからいいけど、他の女の子に軽々しく言っちゃだめよ。自分に気があるって勘違いしちゃうから。もしくはあなたを挟んで女の子同士でトラブルになるわよ」
「…………」

母の忠告にしいちゃんは黙ったまま視線を反らした。

「え、まさか…」

その反応を見て何か察した母は目を見開いていた。

「オレはそんなつもりはこれっぽっちもなかったんだけど、同じゼミの女の子二人が、オレが好きなのは自分だって言い争いになって…」
「で?」
「そしたら別の一年の女の子がさ、大澤先輩は私が可愛いって言ってくれました、大澤先輩が好きなのは私ですって、名乗りを上げてきて」
「うわ…最悪…四角関係ってやつ?」
「違うから、オレはその中の誰とも付き合っていないからね」

何故かしいちゃんは母の前で慌てていた。

「はいはい、でも真嗣くんは男前なんだから、気をつけないと。女の子たちは真嗣くんの気を引きたいんだよ」
「オレは皆と平等に接しているつもりなんだけどな…」

母としいちゃんの会話を聞いて、私はちょっと焦った。
確かにしいちゃんは見た目がいい。今のところ母を除いて彼と一番仲がいいのは私だけど、どうしても年の差は埋められない。私がどんなに好きをアピールしても、冗談にしか取ってくれない。
初恋は実らないとよく聞くけど、私の気持ちは本物だった。
そして私は気づいてしまった。
しいちゃんの初恋の相手が自分の母親だということを。
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