押しかけ婚〜あなたの初恋相手の娘ですが、あなたのことがずっと好きなのは私です
しいちゃんの態度や言葉の端々から、彼が母を女性として好意を寄せているのがなんとなくわかった。
彼が母を見る目は優しく、母の気づかないところで母を切なげに見ているのを何度か見た。
私はあまりに幼くて、彼の母を見る目が他と違うと気づいたのは、あのゴールデンウイークの時だった。
けれど母の方はまったく気づいていない様子で、しいちゃんも母を父から奪おうとか、私達家族の仲を壊してまでその想いを貫こうとかは思っていないようだった。
でも当時の私は、母ですら自分のライバルのように思い、それ以降母に反抗するようになった。

あの日、両親のお出かけについて行きたいと駄々をこねて母に八つ当たりした。

母と交わした会話。電話越しに今から帰るからね、というのが最後だった。
両親が帰らぬ人となった時、出掛けに八つ当たりしたのを後悔した。

「お父さんたちが死んだのは不幸な偶然が重なった事故だよ。友梨亜のせいじゃない」

泣きじゃくる私の背中をポンポンと叩いて、しいちゃんが言った。

しいちゃんの大きくがっしりとした体に包まれていると安心したのを覚えている。

「しいちゃん、しいちゃんは友梨亜の前からいなくならない?」

肩口に顔を埋めて離すものかとぎゅっとしがみ付く。

「ずっと、ずっと友梨亜のしいちゃんでいてね」

プロポーズのように聞こえないこともない。でも十歳の私の言うずっとなんて、子どもがおねだりする時の一生のお願いと一緒で、重みも真実味もない。

この気持ちを真剣に受け取ってもらえるには、私はまだ幼い。

「友梨亜のことは大事に思っているよ。オレは友梨亜のお兄ちゃん…おじさん? だから」

十歳の私から見れば、高校生だって十分大人に見える。二十歳を超越えたしいちゃんは、それよりずっと大人だ。
父親よりは若い。けれど兄よりは少し大人。私としいちゃんが揃って出かければ、どういう関係?とその関係性に首を傾げる人もいる。
実際に運動会にしいちゃんが来れば、若い先生たちやお母さん方はそのかっこよさに見惚れている。
反対に彼から見れば私は幼い子どもにしか思われないということ。背伸びして大人になりたい私はそれが辛かった。

大学生になってから、学費や生活費の足しにと、しいちゃんはバイトを始めた。
街でスカウトされたモデルの仕事で、彼が載った雑誌を買うのが私の楽しみのひとつだった。
ローティーンの子が買う少し大人なファッション誌に掲載されるようになり、ますます彼はモテた。
自慢の兄、かっこいい男の子。そして私の初恋の人。

「しいちゃんは一番かっこいい!」

私が力を込めて本気でそう言うと、さらに満面の笑顔を称えた。

彼が気を許した人だけに見せる笑顔。

しいちゃんが両親と共に移り住んだ国はアメリカ、イギリス、オーストラリア、そして最後にもう一度アメリカで高校時代を過ごした。
よくわからないが、しいちゃんはそんな中でもアメフトのチームに入り、かなりの腕前だったらしい。
友人も多く、あちらでは日本人ということで馬鹿にしてくる人もいたが、女性にもモテていると彼の母親が自慢していたそうだ。

しかし誰とも深い仲には発展しなかったらしい。

早く、早く大人になりたい。年の差は縮まらなくても、私が大人っぽくなれば、きっとしいちゃんは私を女として見てくれる。

母の面影を移す私に、きっと彼は心を寄せてくれる筈。
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