押しかけ婚〜あなたの初恋相手の娘ですが、あなたのことがずっと好きなのは私です
「わあ、おいしそうだな」
「おいしそうじゃなくて、美味しいんだけど」
「あ、ごめん。友梨亜のご飯久しぶりだ」
「今日は帰りが遅くなったから買い物に行けなくて、あり合わせでごめんね」
「そんなことない。友梨亜のご飯は最高だよ」

冷凍してあった鮭をキノコやタマネギとホイル焼きにし、あとは大根とお揚げの味噌汁。きゅうりはわかめと酢の物にした。
同居を始めるに当たって夕ご飯は待たないということだった。特にここ最近は一緒に食べることがなかった。

「さあ、冷めないうちに食べましょ」
「ああ、そうだな。いただきます」

久しぶりにしいちゃんと向かい合って食事をした。それだけで嬉しかった。

「実は、昨日出版社のパーティで、ある人から仕事をもらったんだ」

食事が終わり、食器は食洗機に入れて食後のコーヒーを飲んだ。

「仕事?」
「ああ、今オレが付いて勉強している先生の知り合いで、以前から先生と一緒に何度か会ったことはあったんだけど」
「モデルの仕事? それともカメラ?」
「カメラの方。モデルはさすがにここ最近はあんまり入れていないんだ。ファッション誌の撮影でモデルに穴が空いたときくらいかな」

その時の写真は時計メーカーのイメージモデルとのコラボで、首から下だけを映した上半身裸の男性に、女性が前から抱きつき、背中に回した手に腕時計をしているというものだった。
男性モデルが事故渋滞で時間に間に合わず、急遽しいちゃんが代わりに撮影に入った。
乳首が色っぽい。素晴らしい筋肉。と絶賛されたのを憶えている。

「それでその仕事っていうのがそのカメラマンと一緒に海外で秘境の写真を撮ってくるというものなんだけど、予定していた助手が病気になって、同行できなくなったんだ」
「海外・・・それってどれくらい?」

いやな予感がして私はコーヒーが入ったマグカップを両手で包み込む。

「世界中を回るから、どれくらいかわからない。予定では5年くらいと聞いているけど」
「5年・・・」
「今すぐじゃ無い。今の先生との契約もあるし、その人も色々準備があるらしいから」
「準備・・・」

私はただしいちゃんの言葉の一部を繰り返していた。

「それで、しいちゃんはその仕事、引き受けるんだ」
「ああ、その仕事はその先生の助手としていくけど、オレはもともとファッション誌より風景とか動物の写真を撮るのが夢だったんだ。でもそれだとフィールドワークになるだろ? 長い間家を空けなきゃいけないし」

しいちゃんにそんな夢があったなんて、今の今まで知らなかった。

「それって、私が居るから?」

長期間家を空けなければならない。それは私のために長時間家を空けられなかったからと聞こえる。

「あ、ち、違うぞ。いや、違わない、いや、何を撮りたいかオレもずっと漠然としていて、ファッション誌の仕事も嫌いじゃ無い。ただ、その、造られた世界の物じゃ無く、ありのままのものをカメラに収めたいと思うようになったのはつい最近で・・・そのためにどうすればいいかもわからなくて」
「じゃあ、その話はしいちゃんにとってすごいチャンスなんだ」
「うん、まあそうだ」

しいちゃんがいなくなる。今までだって四六時中一緒にいたわけでもない。何しろ彼は私より十二歳も年上で、とっくに社会人だ。私は彼の妹で子どもでも無く、一応の責任は感じてくれていても、絶対的な保護者じゃ無い。
本当ならとっくに彼の両親に私を押しつけて、自分の人生を歩んでいるはずだ。
だけど彼は両親を、祖父母を亡くした私に寄り添って、付かず離れず側に居続けてくれている。

「しいちゃん、良かったね」

私にはそれしか言えなかった。
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