アオハルリセット
家に帰ると、お母さんとお父さんがリビングのソファに座っていた。私に気づいたお父さんが微笑みを向けてくる。
「……おかえり、菜奈」
「ただいま」
無理をしているように見えて、光感覚症のことを話すか迷う。けれど、心配ごとを増やしたくない。今話すのはやめておこう。
ふたりの傍まで行き、気になっていたことを問いかけた。
「先生と話してきたんでしょ? どうだった?」
思い詰めた様子で、詩の担任と話した内容をお母さんが説明してくれる。
どうやら詩があそこまで追い詰められた理由はなにもわからなかったそうだ。
「担任の先生は調査すると言ってくれけど……正直あまり期待できなくて」
「頼りない先生なの?」
「クラス替えをしたばかりだから、生徒たちの人間関係を把握してないらしいの」
お母さんの深いため息が、湯気を放っているコーヒーカップに落ちていく。
「せめて原因がわかるといいんだけど。私ももう卒業しちゃったから探ることも難しいし……」
詩の担任の先生は今年赴任したばかりなので、私は会ったこともない。四月に詩から聞いた話によると、歳は三十代くらいで少し気が弱いけれど優しい雰囲気の男の先生だと言っていた。
「こればっかりは詩が話してくれるまで待つしかない」
お父さんの言葉にお母さんが頷く。しつこく聞きすぎると詩が今以上に心を閉ざしてしまうかもしれない。
家族で詩を刺激しすぎない程度に声をかけていくことを決めて、私は二階の階段を上がっていく。
閉ざされた詩の部屋からは物音ひとつしない。
「……詩、ただいま」
そっと部屋のドアに手を触れてから、声をかけてみる。けれど「おかえり」と詩の元気な声は聞こえない。
まるで詩がこの家からいなくなってしまったかのようだった。
私は自分の部屋に入り、姿見に顔を寄せる。じっくりと目を観察してみるけれど、特に変わったところはない。
光感覚症がもっと早く発症していたら、詩の辛さに気づけたのだろうか。
この日は大好きなトワの配信を見る気力が起こらなかった。