アオハルリセット
それから数日、変わらず三人で登校をしていたものの、翌週の月曜日から千世が待ち合わせ場所に来なくなった。
なんの連絡もなく待ち合わせ場所に現れないなんて、今までなかったことだった。
「私、千世に電話してみようか?」
スマホを取り出そうとすると、制するように香乃が声を上げた。
「もう行こ!」
「でも……」
「だって待ち合わせ時間二十分も過ぎてるし、これ以上待ってたら遅刻だよ」
赤い光を漂わせながら苛立っている香乃が先を歩いて行ってしまう。
「香乃、待って」
千世が香乃と距離を置きたがっていたので、もしかしてそれで千世は待ち合わせ場所に来なくなったのだろうか。けれどなにも連絡がないのは、千世らしくない。
「千世となにかあった?」
「……別にないけど」
香乃の周囲が白と赤に光ったのを見て、私はふたりの間でなにかが起こったことを察した。
クラスでのことか、それともトワリスナーとの間で起こったことか、はたまた両方が原因なのかはわからない。香乃が話してくれないのなら、千世本人に聞いてみた方がいいかもしれない。
しばらく無言が続き、赤信号で立ち止まったときだった。
「千世と、喧嘩……っていうか揉めてるんだ」
香乃は落ち込んでいるようで、表情が暗い。ふたりが喧嘩をすることは今までも何度もあった。なので揉めたと聞いてもあまり驚かない。
「千世がクラスで仲良い人と私仲悪くて。それでいじめられてるんだよね」
「え?」
耳を疑うような発言だった。けれど白く光ることは一切なく、香乃の言葉に嘘はない。
「いじめって……」
香乃と仲が悪いというのは、おそらく遥ちゃんたちのことだろう。いじめにまで発展しているなんて思ってもいなかった。
「いじめって言ってもそこまで酷いものじゃないんだけど、すれ違うと暴言吐かれたり、わざとぶつかってくるときもあるんだよね」
「……千世もそれやってるの?」
「千世は一緒にいるだけって感じだけど、周りの子の機嫌取ってる。高校入ってから変わったよね」
最近千世は変わった。入学してから香乃が何度かそう言っていたのを覚えている。
けれどそれは中学のときよりも見た目に気を遣うようになって、メイクなどをし始めたからだと私は思っていた。
けれど香乃は千世の外見のことだけを言っていたわけではないようだ。
それに捨て垢の件の犯人が香乃ではないかと千世が疑っているため、ここまでふたりの仲が拗れてしまっているのかもしれない。
「私、千世と話してみる」
「いいって。千世たちと関わりたくないし」
「でも」
「それに菜奈が間に入ってももう無理」
先ほどから香乃は千世の話をするたびに赤く光っていて、相当怒っているみたいだ。
香乃の拒絶。それが意味することがなんなのか、中学から誰かと揉めているのを何度も見てきた私にはすぐにわかってしまう。
「……本気で千世と縁を切るの?」
「いじめとかしてる人と関わりたくないし」
こうなった香乃は決意が固い。けれど相手は中学からずっと仲が良かった千世だ。人間関係がうまくいかない度にリセットをするように縁を切ってきた香乃もさすがに千世と縁を切ることは躊躇うかと思っていた。
「てか、今まで仲良かったのに本当ありえなくない? 派手なグループにいるからって調子乗ってて、本当最近の千世痛いんだよね」
縁を切るきっかけができて済々したかもと香乃が笑う。けれど目は笑っていなくて、怒っているのが伝わってくる。
「私前から、千世が見下してくるところ無理だったし」
「見下すって……千世そんなことしてた?」
「あー……菜奈はわからないかも。千世って私らよりも自分が上だと思ってる言動よくしてたよ」
きっと今は感情的になっているだけだ。今まで香乃が千世を嫌っているようには思えなかったし、千世とちゃんと話せば状況が変わるかもしれない。だけど、頭に過るのは千世がこの間言っていたことだった。
——私、最近の香乃ちょっと無理かもしれない。
千世も香乃と縁を切りたかったのだろうか。
でも、だからって千世が香乃のいじめを見て見ぬフリをするとは考えにくい。千世は中学の頃から正義感が強くて、誰かが嫌がらせを受けていたらはっきりと物申すタイプだった。
「菜奈もさ、千世と関わるのやめた方がいいよ」
頷くことも、拒否することもできないまま私は口を閉ざす。
人の気持ちを他人が変えることができないのはわかっている。
けれど、香乃と千世の関係がここで終わってしまうことを、すんなりとは受け入れることができない。
「そうだ! トワのグッズ再販らしいよ!」
香乃は私が答えなくても、構わない様子で別の話題を振ってくる。香乃の中では、もう決定事項で私の意見なんて求めていないのだろう。
「それでまたサイン企画するんだって!」
「……今回も倍率高そうだね」
意気地なしの私は、再び千世の話題をこの空気で振る勇気が出ない。
私は自分がどうするべきなのが正解かわからないまま、笑みを貼り付ける。
「香乃は前回当たったんだっけ? すごいなぁ」
「あれは本当運が良かった〜!」
その瞬間、白い光のオーブのようなものが見えて、口元が引きつりそうになるのを手で押さえて笑うフリをする。
——菜奈は私の味方だよね?
過去の香乃の言葉を思い出して、目を伏せた。
香乃にとって私は裏切ることはない絶対的な味方。千世や他の子と揉めても、私だけは香乃の味方で離れない。それは私たちの暗黙の決まり事のようになっている。
香乃に救われたあの日から、私の中で香乃は大切な友達で、恩人で、見捨てられたくない存在になっていた。
たとえ、香乃の周囲が頻繁に白く光って、嘘ばかりだったとしても。