アオハルリセット
四章 真実と嘘
朝目覚めると、スマホに通知が届いていた。
開いてみると相手はまた捨て垢だ。
昨日私と伊原くんが廊下で会話をしているときの画像を撮られていたらしい。拡大しているようで画質がやや粗い。おそらくは私たちの会話までは聞かれていないだろう。そのことに少し安堵する。
私だけを盗撮というよりも、私と伊原くんを見張っている。この人は、私になにを訴えているのだろう。
相手のアイコンをタップしてみると、私宛以外にも投稿していることに気づいた。
男性地下アイドル関連の投稿だ。彼らには見覚えがある。私はファンではないけれど、身近で彼らを追っかけている人がいた。
……千世は、中学の頃から彼らを推していて、私にもよく曲を聴かせてくれた。
千世がこんなことするように思えない。けれど、千世が仲の良いやよいちゃんは間違いなく伊原くんに好意を寄せている。
それにもしも私が伊原くんと付き合い出したことを知られたら?
この捨て垢がなにをしだすかわからない。
でも私の知っている千世は、誰かを裏で攻撃するような人ではない。たまたま千世と同じアイドルが好きという可能性だってある。
千世に目を逸らされたときのことを思い出し、信じたい気持ちと疑心がせめぎ合う。答えがでることもなく、私はそっとスマホを閉じた。
暗い気分のまま学校へ登校した。香乃にも元気がないと心配をかけてしまい、切り替えないといけないとわかっていても、捨て垢と千世のことが頭から離れない。
こんなこと香乃にも相談できない。
千世の話題を出すこと自体嫌がっていたし、憶測だけで話をしたらますます亀裂が深くなってしまう。
教室に入って鞄を机に置くと、すぐに「おはよ」と声をかけられる。顔を上げると、伊原くんが立っていた。
「あ……お、おはよう!」
挨拶をされて微笑まれただけなのに、嘘みたいに気分が高揚していく。
「今日、一緒に帰らない?」
「え?」
「方向違うけど、せめて駅まで一緒に帰れたらなーって」
本当に付き合い出したんだと実感して、頬から耳にかけて熱を帯びる。
「か、帰る!」
食い気味に返事をしてしまい、慌てて口を閉じて、ちらりと周囲を見る。誰もこちらを見ていないのでほっとした。そんな私を見て、伊原くんがおかしそうに笑う。
「じゃ、放課後に」
男子たちの輪に入っていった伊原くんは、周囲になにか言われている様子もなく、私たちが付き合い出したことは誰も知らないのかもしれない。
伊原くんと付き合い出したと知られたら、少なからず注目を浴びる。なのでまだ周りには知られていないことに胸を撫で下ろした。
でも、広まる前に香乃には話しておきたい。伊原くんと関わらないほうがいいと言っていたので、いい反応はされないかもしれないけれど、内緒にしておくほうが香乃は嫌がりそうだ。
だけど正直、話しにくい。打ち明けたら顔を顰められる気がする。それを覚悟した上で話さないといけないため、気が重かった。
昼休みに香乃に話に行こうかと廊下へ出ると、スマホが振動した。
またあの通知だ。SNSを開き、内容を確認しにいくと、『不釣り合い』と黒い文字が表示される。
今までは画像だけだったのに、今回は明らかに悪意のあるメッセージだ。
やはり私と伊原くんが親しいことをよく思っていない人なのは間違いない。ブロックをしても別のアカウントを作られて、画像が送られてくる。
このまま誰かに見張られている恐怖を感じながら、相手が飽きるのを待つしかないのだろうか。
「自販機の中身新しくなって、ヨーグルトとナタデココのやつ入ったんだって〜!」
楽しげな明るい声がして視線をあげると、遥ちゃんと話しながら千世はスマホをいじっている。
私の視線を感じたのか、千世と目が合う。けれどすぐ逸らされてしまった。
——まさか本当に、千世じゃないよね?
信じたい。それなのに疑ってしまう。もしもこのアカウントが千世のものだとしたら、千世は私に不満を抱いていたということだ。
急に嫌われたというよりも、きっと気づかないうちに私は千世になにかしてしまっていたのだと思う。私に対する我慢が蓄積して、耐えきれなくなって拒絶されたのかもしれない。
でも、これは全て私の中での考えで、千世の本心を聞いていない。
避けられるようになった理由も聞かないまま、関係を終わらせていいの?
せめて一度、話がしたい。
「千……」
「遥って本当新しいもの好きだよね」
私の声が千世の声でかき消されて、ふたりが横切っていく。
廊下に立ち尽くしたまま、私はスマホを握りしめる。
〝千世〟と名前を呼んで話しかけることすらできなかった。
『菜奈はさ、もっと言いたいこと言えばいいのに』
中学生の頃の千世の言葉を今になって思い出してしまう。
『言葉を選びすぎると、なにも言えなくなっちゃうよ』
伝えることが苦手だなんて言い訳だ。ただ臆病なだけで、人とぶつかることから逃げている。千世もこんな私に苛立っていたのかもしれない。私自身だって、うじうじとした自分が嫌になる。