アオハルリセット
放課後、伊原くんと一緒に教室を出た。
同学年の生徒たちからの視線や私たちを見ながらコソコソと話している姿を目にしまい俯く。一体どんなふうに思われているのだろう。
——不釣り合い。
あのメッセージのように、クラスの人たちもそう感じているのかもしれない。
染めたことのない黒髪に、リップを塗るくらいで特にメイクもしていない。
スカートだって膝よりも少し上くらいで、垢抜けていないのは自覚している。
一方、伊原くんは柔らかそうな茶髪がワックスで無造作にセットされていて、制服も適度に着崩している。くっきりとした猫目が印象的で、屈託のない笑顔に惹かれる人も多いはずだ。
そんな伊原くんと自分が〝不釣り合い〟だと私ですら痛感してしまう。
「清水さん」
信号に差し掛かり足を止めると、右隣にいる伊原くんに顔を覗き込まれる。
「なんか、考えごとしてる?」
笑顔を見せながら明るい口調で問いかけられると、気が少し緩んでいく。
「伊原くんは……付き合ったこと、誰かに話したりした?」
「聞かれたら話そうと思ってるけど、まだ誰にも言ってないよ。もしかして、噂になること気にしてる?」
「……ちょっとだけ」
そんなことを気にしているのかと、伊原くんに呆れられてしまうだろうか。
「んー……噂好きな人って一定数いるけどさ、言わせたいやつには言わせておけばいいと思う」
「伊原くんは周りからどう思われるかとか、気にならない?」
「俺のせいで清水さんが悪く言われるなら嫌だけど。そうじゃないなら、別に気にならないかな」
どうして伊原くんのせいで私が悪く言われるのかがわからない。私と付き合ったことによって、伊原くんは見る目がないなど言われることはありそうだけど。
ぐるぐると頭の中で考えていると、手を引っ張られて足が一歩前に出る。
「青だよ、行こ!」
「う、うん」
指先を掴まれたまま横断歩道を渡っていく。なかなか自分から歩き出せない私とは対照的に、伊原くんは手を引いて歩いてくれるような人だ。
私には勿体なさすぎる。けれど釣り合わないと諦めて、伊原くんと離れたくない。
渡り終わっても指先は離れず、むしろ握り直される。包み込まれるように握られた手を、私もぎゅっと握る。
「私……伊原くんと釣り合わないんじゃないかって不安だったんだ」
隣にいるのが私でいいのか、もっと似合う子がいるんじゃないか。そんなことを考えていたけれど、結局は自分に自信を持てないから卑屈になっていただけだ。
「清水さん」
伊原くんが足を止めて、繋いでいた手を離す。
「周りがなんて言おうと関係ない」
「うん……ぅえ!」
両手で頬を覆われるように掴まれて、素っ頓狂な声が出てしまう。
けれどすぐに口を閉ざして息をのんだ。伊原くんは真剣な表情で私を見つめている。
「俺は清水さんがいいんだよ」
頬が熱く感じるのは、伊原くんの言葉が原因なのか、それとも触れた手の温度が流れ込んできているのかもしれない。
「全く伝わってないな」
「つ、伝わってるよ!」
「いーや、わかってない」
両手で頬を潰されて、変な顔になってしまう。恥ずかしくなって、伊原くんの手を掴むけれど離してくれない。
眉間にシワを寄せていた伊原くんが、表情を緩めてふっと笑った。
「ごめん、ちょっと意地悪しすぎた」
伊原くんの手が離れていっても、頬の熱は引いていかない。きっと今、私の顔は真っ赤になっている。
「でも言ったことは本心だから」
「……うん」
くれる言葉に嘘が見えない。だからこそ、照れくさくなる。
本当に大事にしてくれているのだと実感して、後ろ向きなことばかりを考えていた自分が情けない。
急に自信なんて持てないけれど、変わっていけるように努力をしていきたい。
人差し指で伊原くんの手に触れる。
「伊原くん、ありがとう」
目を瞬かせた伊原くんは、口角を上げるとゆっくりと指を絡めた。
「手、いいの?」
悪戯っぽく聞かれて、ちょっとだけ仕返しがしたくなる。
「やっぱりなし!」
手を引っ込めようとすると、離すまいと強く掴まれてしまった。
「せっかく清水さんから繋いでくれたから、もう少し繋ぎたいな〜」
「……じゃあ、次の信号までね?」
にやけている伊原くんを横目で見てから、視線を下げていく。いつのまにか恋人繋ぎになっている。何度手を繋いでも、ドキドキする気持ちは変わらない。
幸せなひとときに浸りながら、先ほどまでの不安が溶けていくのを感じた。