アオハルリセット
路線が異なるため、伊原くんとは駅の改札を通ってから別れた。階段を登っていると、背後から「菜奈」と声をかけられる。
振り返ると数段下に香乃が立っていた。
「見ちゃった」
すぐになにについて言っているのかがわかり、焦りながら言葉を探す。
「あ、あのね」
「一緒にいたの、伊原くんだよね」
「……うん」
香乃が隣までやってくると、普段と変わらない距離感で共に歩みを進めていく。けれど、今日は私たちの間には見えない壁があるように感じる。
「実は……昨日から付き合うことになって」
一瞬香乃の動きが止まった。けれどすぐに笑顔になって両手を合わせる。
「すごいじゃん!」
「心配してくれていたのに報告が遅れてごめんね」
「いいよ、そんなの。おめでとう!」
私が光感覚症じゃなかったら、素直に香乃の言葉を受け取って笑顔を返せていたかもしれない。けれど、視界に白い光が見えて、口元が引きつる。
「……ありがとう」
香乃に目撃される前に、ちゃんと打ち明けるべきだった。こういう形で知る方が嫌に決まっている。
躊躇してしまった自分を責めながら、私は横目で香乃の顔色をうかがう。明らかに機嫌が悪そうだ。
「千世に知られない方がいいよ」
「え?」
「伊原くんのこと好きな子が同じグループにいるって言ったでしょ。菜奈が彼女だって知られたら、どうなるかわからないし」
香乃の言う通りだ。既にやよいちゃんからは敵意を向けられている。それに捨て垢のことだって、千世やその周囲の可能性がゼロなわけではない。
「菜奈が先に彼氏できるとは思わなかったなー」
にっこりと笑う香乃からは、光は見えない。冗談ではなく本心なのだとわかったけれど、驚かなかった。
「私も、できると思わなかったんだ。……だからまだちょっと信じられなくて」
「菜奈って中学の頃、男子とほとんど会話できなくて、かわいかったよねぇ」
そのかわいいは香乃の中で、〝笑える〟って意味じゃないかと、よくない捉え方をしてしまう。
元々人見知りな私が異性と話すと更に緊張してしまうため、赤面して言葉に詰まってしまうことが多かった。
そのたびに香乃や同じクラスの子にからかわれることがあった。悪気がないのはわかっていたけれど、笑われるたびに自分が変なんじゃないかって怖くなって、どんどん男子を話すことが苦手になっていった。
だから香乃や千世が、男子から提出物を回収するときに手伝ってくれたこともある。あの頃の私は世話が焼ける存在だったはずだ。
「伊原くんはやっぱ女子慣れしてるから、菜奈でも話しやすいのかな」
香乃は今不機嫌だから、私に攻撃的なだけだ。普段はここまで言ってこない。
「そうかもしれないね」
これから地元の駅までふたりきりなのかと思うと、息が詰まりそうだった。けれど香乃の機嫌をこれ以上損ねたくない。手のひらをきつく握りしめて、感情を押し殺すように私は顔に笑みを貼り付けた。
振り返ると数段下に香乃が立っていた。
「見ちゃった」
すぐになにについて言っているのかがわかり、焦りながら言葉を探す。
「あ、あのね」
「一緒にいたの、伊原くんだよね」
「……うん」
香乃が隣までやってくると、普段と変わらない距離感で共に歩みを進めていく。けれど、今日は私たちの間には見えない壁があるように感じる。
「実は……昨日から付き合うことになって」
一瞬香乃の動きが止まった。けれどすぐに笑顔になって両手を合わせる。
「すごいじゃん!」
「心配してくれていたのに報告が遅れてごめんね」
「いいよ、そんなの。おめでとう!」
私が光感覚症じゃなかったら、素直に香乃の言葉を受け取って笑顔を返せていたかもしれない。けれど、視界に白い光が見えて、口元が引きつる。
「……ありがとう」
香乃に目撃される前に、ちゃんと打ち明けるべきだった。こういう形で知る方が嫌に決まっている。
躊躇してしまった自分を責めながら、私は横目で香乃の顔色をうかがう。明らかに機嫌が悪そうだ。
「千世に知られない方がいいよ」
「え?」
「伊原くんのこと好きな子が同じグループにいるって言ったでしょ。菜奈が彼女だって知られたら、どうなるかわからないし」
香乃の言う通りだ。既にやよいちゃんからは敵意を向けられている。それに捨て垢のことだって、千世やその周囲の可能性がゼロなわけではない。
「菜奈が先に彼氏できるとは思わなかったなー」
にっこりと笑う香乃からは、光は見えない。冗談ではなく本心なのだとわかったけれど、驚かなかった。
「私も、できると思わなかったんだ。……だからまだちょっと信じられなくて」
「菜奈って中学の頃、男子とほとんど会話できなくて、かわいかったよねぇ」
そのかわいいは香乃の中で、〝笑える〟って意味じゃないかと、よくない捉え方をしてしまう。
元々人見知りな私が異性と話すと更に緊張してしまうため、赤面して言葉に詰まってしまうことが多かった。
そのたびに香乃や同じクラスの子にからかわれることがあった。悪気がないのはわかっていたけれど、笑われるたびに自分が変なんじゃないかって怖くなって、どんどん男子を話すことが苦手になっていった。
だから香乃や千世が、男子から提出物を回収するときに手伝ってくれたこともある。あの頃の私は世話が焼ける存在だったはずだ。
「伊原くんはやっぱ女子慣れしてるから、菜奈でも話しやすいのかな」
香乃は今不機嫌だから、私に攻撃的なだけだ。普段はここまで言ってこない。
「そうかもしれないね」
これから地元の駅までふたりきりなのかと思うと、息が詰まりそうだった。けれど香乃の機嫌をこれ以上損ねたくない。手のひらをきつく握りしめて、感情を押し殺すように私は顔に笑みを貼り付けた。