アオハルリセット
近くにある高い木が日陰を作ってくれているので、そこにしゃがみ込んでフェンスに寄りかかる。氷のうを額に当てると、ひんやりとして心地よかった。
「自販機で飲み物買ってくるよ。なにがいい?」
氷のうを少し傾けると、すぐ傍に伊原くんが立っている。
「日差しも強かったし、水分とった方がいいよ」
私がどんな反応をするのか想像がついていたのか、伊原くんは「遠慮はなしで」と言葉を続けて笑った。
「……ありがとう。じゃあ、お茶で」
「りょーかい。宍戸は?」
「私は、炭酸で! 味はなんでも大丈夫。ありがとー!」
千世のリクエストを聞くと、伊原くんは踵を返して校舎の中へ消えていく。
「優しいね〜、伊原」
からかいまじりの口調で隣に座った千世が私の腕を軽く突いてくる。つい先ほどまで気まずかったのが嘘のよう。けれど手放しで喜べないのは、いくつかの疑問が残っているからだ。
「千世と仲のいいやよいちゃんも、伊原くんのこと……好きだよね?」
「あー……でもそれは伊原が菜奈のこと好きなんだから、やよい自身が気持ちにケリをつけるしかないでしょ」
千世が私を避けた原因に、やよいちゃんが私へ向ける敵意とは関係はないように見える。
「じゃあ私を避けてたのって、どうして?」
「それは……」
「私、気づかないうちに千世になにかしちゃってた?」
「え、菜奈が私を嫌がってたんだよね?」
お互いに顔を見合わせながら、数秒間口を閉ざす。
一度も千世を嫌ったことなんてないし、そういった発言をした覚えもなかった。どこで拗れてしまったのだろう。
「香乃とふたりで話したときに口論になっちゃって、そしたら香乃も菜奈も、私が偉そうに意見してくるところととか嫌でずっと我慢してたって言われて……」
「そんなこと言った覚えないよ?」
千世と香乃の関係については悩んでいたけれど、香乃の前で千世を悪く言った記憶はなかった。
「え、でも朝も三人で行きたくないって言ってるって香乃から聞いたよ」
「ううん、それも言ってない」
千世の言葉に嘘は見えない。それなら香乃は怒りのあまり、私の気持ちも自分と同じだと思って発してしまったのだろうか。
「香乃とはもう無理かもなぁって思ってたけど、まさか菜奈にまで嫌がられてるとは思わなくてショックで、それで避けてた。……ごめん」
千世は私のことを嫌で避けていたわけじゃない。
私が内心嫌っているのだと思って傷ついて避けていたんだ。それを知って、今まで陰鬱としていた気持ちが晴れていく。
「私は千世のこと、嫌ってないよ。むしろ千世と前みたいに戻りたかった」
「そっか……っ、よかったぁ」
脱力した様子の千世は、両足をだらんと前に伸ばして空を仰ぐ。
「菜奈と話せないの、結構辛かったんだ」
「……私も」
自然と目頭に涙が滲む。指先で拭うとさらに溢れ出て、止まらなくなる。
「避けたりせずに、ちゃんと菜奈と話せばよかった」
勇気が出なかったのは私も同じだ。
千世に避けられて怖くなって話をしに行けず、ずるずるとここまできてしまった。けれど、話しかけることができれば誤解はもっと早くに解けていたはずだ。
そしてもうひとつ、新たな疑問が生まれる。
「……あの捨て垢、誰なんだろう」
千世が私を嫌がっているのは誤解だったということは、捨て垢の持ち主は千世ではないはず。それなら一体誰が犯人なのだろう。
「捨て垢? なにかされてんの?」
私の呟きを聞き逃さなかった千世の眉がつり上がり、表情が険しくなる。
「最近学校の誰かに盗撮されてるんだ」
「は!? どういうこと?」
伊原くんと仲良くなり出してからSNSの捨て垢からされていたことを、私は千世に打ち明けた。
そして私のアカウントを高校で知っている人が少ないことや、千世の友達のやよいちゃんが伊原くんのことを好きで、敵意を向けられていたことなども説明する。
「——それで疑っちゃってて。ごめんね」
「はぁ……なるほど。いや、でも私のこと疑いたくなるよね。だって菜奈からしてみたら、私がいきなり避け始めたんだし」
考え込むように千世は腕を組む。
「でもやよいもさすがにそこまではしないと思うんだよね。というか、一緒にいること多いから、盗撮してたら気づくと思う」
「そっか。確かにそうだよね」
隠し撮りをするためには誰かと一緒に行動をとっている人よりも、単独行動をとっている人かもしれない。
「今度から菜奈と伊原を見かけたら、盗撮してる人がいないか注意深く探してみる。伊原には話した?」
「えっと……まだ話してないんだ」
「菜奈はひとりで溜め込みすぎるし、なるべく相談はしたほうがいいと思うよ」
「……うん」
心配をかけたくないという気持ちもあるけれど、私に不釣り合いと言ってくるということは、伊原くんに好意的な人のはずだ。それを知ったら、伊原くんは気に病んでしまいそうで話すことができない。
「私のせいで菜奈の悩みを増やしてたよね。ごめん。なんで香乃の言葉、信じちゃったんだろ」
「香乃に誤解をさせるような態度を私がとっちゃっていたのかも。……私の方こそ、ごめんね」
「菜奈」
千世の声は硬かった。
私を見つめるは真剣で、なにか大事なことを言おうとしているのが伝わってくる。
ほっとして緩んでしまった気を引き締めるように、私は唇を結んだ。
「香乃は絶対的な存在じゃないよ」
言葉を返すことができず、細い息が漏れる。
向き合わずにいたことから目を逸らしてはいけないと言われているみたいだった。
「今回香乃が私に伝えた菜奈の話は、〝勘違い〟じゃなくて〝嘘〟だよ」
「……っ」
光感覚症になって、香乃が頻繁に嘘をついていることは見えていた。
さらりとなんでもない表情で、嘘を本当のように話す。
そのことから逃げていたのは、指摘すれば香乃は怒って私を拒絶すると思っていたからだ。穏便に済ませたい。関係を壊したくない。だけど……関係を守ろうとすればするほど、息苦しさが増していく。
「香乃の機嫌を損ねないようにって、菜奈はいつも気を遣ってるけど、香乃がそうしてくれたことはある?」
「それは……香乃はそういうのあまり得意じゃないから」
心に小さな針が刺さった。どろりとした感情が、そこから噴き出して心を沈めていく。
「香乃が菜奈の機嫌なんて気にかけてないからだよ。菜奈だけじゃない。香乃は相手の気持ちを考えて行動してない」
「香乃は、」
「〝そういう人だから〟? だからって、人を傷つけても許されるの?」
わかってる。香乃はわがままで身勝手なところがある。
自分の感情に素直で、好きも嫌いも飲み込むのが下手だ。それによって、人とうまくいかないことが多い。
「私から見たら、ずっとふたりの関係は歪だった。菜奈はいつだって香乃の傍で黙って話を聞いてあげていたけど、間違っていても叱らない。香乃は菜奈の話をほとんど聞いてないのに、都合のいいときだけ菜奈を頼ってた」
溢れ出した黒い感情が、血液のように全身に流れていく感覚がする。
心は冷え切っているのに、手のひらは熱く汗が滲んだ。
「菜奈は香乃の存在に救われて恩を感じているのかもしれないけど、でもだからって香乃の言動を全て受け入れる必要なんてないよ」
「……うん」
「友達の好きな部分も、苦手な部分もあって当たり前だし。……菜奈はもっと、自分の気持ちを伝えたっていいんだよ」
香乃に見捨てられたくない。その私の感情に、千世はずっと気づいていたんだ。
——私は香乃に執着していた。
「キツイこと言って、ごめん」
「ううん。……全部本当のことだから。我慢することもあったけど、それ以上に香乃に甘えていたんだと思う」
中学生の頃、辛かったときに香乃は救世主のように現れた。
香乃に依存することで、絶対に傍にいてくれる存在ができて安堵していたのだ。そうして私は香乃の顔色をうかがうようになった。
香乃自身もそのことに気づいて、私たちの間には上下関係のようなものが自然とできてしまっていた。
「他にも話したいことがあったんだけど……あとでメッセージ送るね」
千世の視線を辿ると、ペットボトルを三本抱えた伊原くんがこちらへ戻ってきているところだった。
「お待たせ!……清水さん、体調は大丈夫?」
氷のうを膝の上に置いて、伊原くんから冷たいお茶を受け取った。
「ありがとう。少し痛むけど、具合も悪くないし大丈夫だよ」
「そっか。それならよかった」
きっと私の目元が赤いことに伊原くんは気づいているだろう。けれど、そのことに一切触れてこない。
もしかしたら飲み物を買いに行ってくれたのは、私と千世の空気を感じ取って気を遣ってくれていたのだろうか。
「宍戸、どっちがいい?」
伊原くんの手には、グレープ味とレモン味の炭酸のペットボトル。
「こっち! ありがと」
千世は迷うことなく、グレープ味の炭酸を受け取った。伊原くんも近くに座り、三人で水分補給をしながら穏やかなひとときを過ごす。
「あのね、千世。伊原くんもトワのファンなんだよ」
「え! マジ?」
千世は目をまんまるく見開いて、大きな声を上げる。そして私たちが仲良くなったきっかけを察したのか、にやりと表情を緩めた。
「そっかぁ、同じ趣味っていいよね。夏にまたイベントやるから、それ当選したら一緒に行けるじゃん! いいな〜!」
そういえば八月の終わりにトワのイベントが行われる。トークショーやよくコラボをしている配信者たちがゲストにくるらしく、当落がもう少ししたら発表されるはずだ。
「宍戸もトワのファン?」
「うん。菜奈とは中学の頃にトワの話から盛り上がって仲良くなったんだ」
最初は香乃が千世と仲良くなって、そのあとに香乃からトワファンが他にもいると教えてもらって知り合った。
千世が話し上手なおかげで、人見知りの私も打ち解けることができたのだ。
それから私たち三人はトワの話題で盛り上がり、駅までの道のりも話が尽きることはなかった。
「自販機で飲み物買ってくるよ。なにがいい?」
氷のうを少し傾けると、すぐ傍に伊原くんが立っている。
「日差しも強かったし、水分とった方がいいよ」
私がどんな反応をするのか想像がついていたのか、伊原くんは「遠慮はなしで」と言葉を続けて笑った。
「……ありがとう。じゃあ、お茶で」
「りょーかい。宍戸は?」
「私は、炭酸で! 味はなんでも大丈夫。ありがとー!」
千世のリクエストを聞くと、伊原くんは踵を返して校舎の中へ消えていく。
「優しいね〜、伊原」
からかいまじりの口調で隣に座った千世が私の腕を軽く突いてくる。つい先ほどまで気まずかったのが嘘のよう。けれど手放しで喜べないのは、いくつかの疑問が残っているからだ。
「千世と仲のいいやよいちゃんも、伊原くんのこと……好きだよね?」
「あー……でもそれは伊原が菜奈のこと好きなんだから、やよい自身が気持ちにケリをつけるしかないでしょ」
千世が私を避けた原因に、やよいちゃんが私へ向ける敵意とは関係はないように見える。
「じゃあ私を避けてたのって、どうして?」
「それは……」
「私、気づかないうちに千世になにかしちゃってた?」
「え、菜奈が私を嫌がってたんだよね?」
お互いに顔を見合わせながら、数秒間口を閉ざす。
一度も千世を嫌ったことなんてないし、そういった発言をした覚えもなかった。どこで拗れてしまったのだろう。
「香乃とふたりで話したときに口論になっちゃって、そしたら香乃も菜奈も、私が偉そうに意見してくるところととか嫌でずっと我慢してたって言われて……」
「そんなこと言った覚えないよ?」
千世と香乃の関係については悩んでいたけれど、香乃の前で千世を悪く言った記憶はなかった。
「え、でも朝も三人で行きたくないって言ってるって香乃から聞いたよ」
「ううん、それも言ってない」
千世の言葉に嘘は見えない。それなら香乃は怒りのあまり、私の気持ちも自分と同じだと思って発してしまったのだろうか。
「香乃とはもう無理かもなぁって思ってたけど、まさか菜奈にまで嫌がられてるとは思わなくてショックで、それで避けてた。……ごめん」
千世は私のことを嫌で避けていたわけじゃない。
私が内心嫌っているのだと思って傷ついて避けていたんだ。それを知って、今まで陰鬱としていた気持ちが晴れていく。
「私は千世のこと、嫌ってないよ。むしろ千世と前みたいに戻りたかった」
「そっか……っ、よかったぁ」
脱力した様子の千世は、両足をだらんと前に伸ばして空を仰ぐ。
「菜奈と話せないの、結構辛かったんだ」
「……私も」
自然と目頭に涙が滲む。指先で拭うとさらに溢れ出て、止まらなくなる。
「避けたりせずに、ちゃんと菜奈と話せばよかった」
勇気が出なかったのは私も同じだ。
千世に避けられて怖くなって話をしに行けず、ずるずるとここまできてしまった。けれど、話しかけることができれば誤解はもっと早くに解けていたはずだ。
そしてもうひとつ、新たな疑問が生まれる。
「……あの捨て垢、誰なんだろう」
千世が私を嫌がっているのは誤解だったということは、捨て垢の持ち主は千世ではないはず。それなら一体誰が犯人なのだろう。
「捨て垢? なにかされてんの?」
私の呟きを聞き逃さなかった千世の眉がつり上がり、表情が険しくなる。
「最近学校の誰かに盗撮されてるんだ」
「は!? どういうこと?」
伊原くんと仲良くなり出してからSNSの捨て垢からされていたことを、私は千世に打ち明けた。
そして私のアカウントを高校で知っている人が少ないことや、千世の友達のやよいちゃんが伊原くんのことを好きで、敵意を向けられていたことなども説明する。
「——それで疑っちゃってて。ごめんね」
「はぁ……なるほど。いや、でも私のこと疑いたくなるよね。だって菜奈からしてみたら、私がいきなり避け始めたんだし」
考え込むように千世は腕を組む。
「でもやよいもさすがにそこまではしないと思うんだよね。というか、一緒にいること多いから、盗撮してたら気づくと思う」
「そっか。確かにそうだよね」
隠し撮りをするためには誰かと一緒に行動をとっている人よりも、単独行動をとっている人かもしれない。
「今度から菜奈と伊原を見かけたら、盗撮してる人がいないか注意深く探してみる。伊原には話した?」
「えっと……まだ話してないんだ」
「菜奈はひとりで溜め込みすぎるし、なるべく相談はしたほうがいいと思うよ」
「……うん」
心配をかけたくないという気持ちもあるけれど、私に不釣り合いと言ってくるということは、伊原くんに好意的な人のはずだ。それを知ったら、伊原くんは気に病んでしまいそうで話すことができない。
「私のせいで菜奈の悩みを増やしてたよね。ごめん。なんで香乃の言葉、信じちゃったんだろ」
「香乃に誤解をさせるような態度を私がとっちゃっていたのかも。……私の方こそ、ごめんね」
「菜奈」
千世の声は硬かった。
私を見つめるは真剣で、なにか大事なことを言おうとしているのが伝わってくる。
ほっとして緩んでしまった気を引き締めるように、私は唇を結んだ。
「香乃は絶対的な存在じゃないよ」
言葉を返すことができず、細い息が漏れる。
向き合わずにいたことから目を逸らしてはいけないと言われているみたいだった。
「今回香乃が私に伝えた菜奈の話は、〝勘違い〟じゃなくて〝嘘〟だよ」
「……っ」
光感覚症になって、香乃が頻繁に嘘をついていることは見えていた。
さらりとなんでもない表情で、嘘を本当のように話す。
そのことから逃げていたのは、指摘すれば香乃は怒って私を拒絶すると思っていたからだ。穏便に済ませたい。関係を壊したくない。だけど……関係を守ろうとすればするほど、息苦しさが増していく。
「香乃の機嫌を損ねないようにって、菜奈はいつも気を遣ってるけど、香乃がそうしてくれたことはある?」
「それは……香乃はそういうのあまり得意じゃないから」
心に小さな針が刺さった。どろりとした感情が、そこから噴き出して心を沈めていく。
「香乃が菜奈の機嫌なんて気にかけてないからだよ。菜奈だけじゃない。香乃は相手の気持ちを考えて行動してない」
「香乃は、」
「〝そういう人だから〟? だからって、人を傷つけても許されるの?」
わかってる。香乃はわがままで身勝手なところがある。
自分の感情に素直で、好きも嫌いも飲み込むのが下手だ。それによって、人とうまくいかないことが多い。
「私から見たら、ずっとふたりの関係は歪だった。菜奈はいつだって香乃の傍で黙って話を聞いてあげていたけど、間違っていても叱らない。香乃は菜奈の話をほとんど聞いてないのに、都合のいいときだけ菜奈を頼ってた」
溢れ出した黒い感情が、血液のように全身に流れていく感覚がする。
心は冷え切っているのに、手のひらは熱く汗が滲んだ。
「菜奈は香乃の存在に救われて恩を感じているのかもしれないけど、でもだからって香乃の言動を全て受け入れる必要なんてないよ」
「……うん」
「友達の好きな部分も、苦手な部分もあって当たり前だし。……菜奈はもっと、自分の気持ちを伝えたっていいんだよ」
香乃に見捨てられたくない。その私の感情に、千世はずっと気づいていたんだ。
——私は香乃に執着していた。
「キツイこと言って、ごめん」
「ううん。……全部本当のことだから。我慢することもあったけど、それ以上に香乃に甘えていたんだと思う」
中学生の頃、辛かったときに香乃は救世主のように現れた。
香乃に依存することで、絶対に傍にいてくれる存在ができて安堵していたのだ。そうして私は香乃の顔色をうかがうようになった。
香乃自身もそのことに気づいて、私たちの間には上下関係のようなものが自然とできてしまっていた。
「他にも話したいことがあったんだけど……あとでメッセージ送るね」
千世の視線を辿ると、ペットボトルを三本抱えた伊原くんがこちらへ戻ってきているところだった。
「お待たせ!……清水さん、体調は大丈夫?」
氷のうを膝の上に置いて、伊原くんから冷たいお茶を受け取った。
「ありがとう。少し痛むけど、具合も悪くないし大丈夫だよ」
「そっか。それならよかった」
きっと私の目元が赤いことに伊原くんは気づいているだろう。けれど、そのことに一切触れてこない。
もしかしたら飲み物を買いに行ってくれたのは、私と千世の空気を感じ取って気を遣ってくれていたのだろうか。
「宍戸、どっちがいい?」
伊原くんの手には、グレープ味とレモン味の炭酸のペットボトル。
「こっち! ありがと」
千世は迷うことなく、グレープ味の炭酸を受け取った。伊原くんも近くに座り、三人で水分補給をしながら穏やかなひとときを過ごす。
「あのね、千世。伊原くんもトワのファンなんだよ」
「え! マジ?」
千世は目をまんまるく見開いて、大きな声を上げる。そして私たちが仲良くなったきっかけを察したのか、にやりと表情を緩めた。
「そっかぁ、同じ趣味っていいよね。夏にまたイベントやるから、それ当選したら一緒に行けるじゃん! いいな〜!」
そういえば八月の終わりにトワのイベントが行われる。トークショーやよくコラボをしている配信者たちがゲストにくるらしく、当落がもう少ししたら発表されるはずだ。
「宍戸もトワのファン?」
「うん。菜奈とは中学の頃にトワの話から盛り上がって仲良くなったんだ」
最初は香乃が千世と仲良くなって、そのあとに香乃からトワファンが他にもいると教えてもらって知り合った。
千世が話し上手なおかげで、人見知りの私も打ち解けることができたのだ。
それから私たち三人はトワの話題で盛り上がり、駅までの道のりも話が尽きることはなかった。