アオハルリセット
***
「珍しいね、菜奈ちゃんが料理教えてほしいなんて」
家に帰ると、詩がリビングにいたので早速おばあちゃんの作る煮物を教えてと頼んだ。お母さんや私と話してから、詩の中で少しずつ変化が出てきたらしく、こうして部屋から出てくるようになった。
けれど、明るく振る舞っているものの、時折表情に暗い影が落ちる。詩なりに葛藤しながら、過ごしているのだと思う。
「お弁当すごく美味しかったから! それに懐かしい味がして、自分でも作れたらなぁって」
「そっか」
詩は照れくさそうに微笑む。鼻の頭がほんのりと赤くなっていて、目が潤んでいた。
大好きなおばあちゃんのことを思い出しているのかもしれない。
「こんな私を知ったらガッカリするかな」
ぽつりと詩が呟いた。
誰がとは聞かなくてもわかる。おばあちゃんの前で詩は常に笑顔で、弱さを見せていなかった。人間関係が原因で学校に行けなくなるなったことをかなり後ろめたく思っているようだった。
「ガッカリなんてしないよ。詩は我慢強いから、辛いときになかなか泣けないんじゃないかって、おばあちゃんが昔心配してた」
「……っ、我慢強くなんてないよ。言葉にするのが下手くそなだけ」
涙を堪えるように詩が眉根を寄せて、ソファの背もたれに身体を倒す。
「おばあちゃんの味、忘れないでおきたいね」
もうおばあちゃんはいないけれど、残してくれたたくさんのものがある。料理や、思い出、そして私たちへの想いのこもった言葉。それらを受け継いで大事にしていきたい。
「じゃあ、早速明日のお弁当用に作ってみる? 食材のあまりもあるし」
立ち上がって近くに置いてあったエプロンを手に取った詩に目を剥く。
「え、待って! こういうのってレシピじっくり読んでから作った方がよくない?」
先にレシピを読んでポイントを教えてもらった上で、実践していきたい。けれど詩は時間の無駄だと首を横に振る。
「実践する方が大事。菜奈ちゃんには、まず野菜の切り方から私がビシバシ教えるから」
「えー……」
「作れるようになりたいんでしょ?」
「……お手柔らかにお願いします」
こうして夕方から詩と一緒に明日のお弁当用の煮物を作ることになった。とはいえ、料理に慣れていないため、詩の指示を聞きながらでないと身動きが取れない。
「次はなにすればいい?」
「人参の皮剥いたから、これを……こんな感じで切って」
お手本通りを意識しながら、まな板の上の人参に包丁を入れていく。だんだんと慣れてきて余分な力が抜けて、トントンと小気味いい音が鳴る。
「菜奈ちゃん、なるべく均一に切らないと」
「均一のつもりなんだけど。切るのも速くなったし」
「速さより形! これとこれ、まったく違うよ! ほら、見て」
「うっ」
大雑把に切りすぎてしまったみたいだ。こういう作業が不得意だったことをやりはじめてから思い出した。
昔はおばあちゃんと三人でやることも何度かあったけれど、私は野菜を切ったり、分量を測ったりするのが苦手で途中から諦めて味見係に徹していたのだ。
野菜の切り方や火加減、味付けのポイントを隣で教えてもらいながら、少々形にばらつきのある煮物を作っていく。
詩とふたりで料理をしながら会話をしていると、ほんの僅かな時間でも悩み事を忘れられた。
その日の夜、香乃から返事がくることはなく、電話かけても出てくれなかった。SNSを開こうとアイコンをタップする直前で指を止める。
香乃の投稿を見つけたとして、私のメッセージは無視されているのだとショックを受けるだけだ。
気になって押してしまいたくなるけれど、見るのも怖い。
またなにか私のことを書いているかもしれない。
書いていなかったら安心できるけれど、その分傷つくリスクもある。それにもしも私のことをブロックしていたら……悪い方向にばかり思考が傾いてしまう。
『SNSを日常の中心に置くことからやめてみるとか』
伊原くんの言葉が頭を過ぎった。
深く息を吐いて、スマホの画面を閉じる。そしてそのまま枕の下に仕舞う。
離れたいと思っているのに、SNSに囚われてしまう。まるで中毒だ。
ベッドに寝転がり、布団を被る。落ち着かない気持ちもあるけれど、SNSを見ることによって疲弊したくない。
こんなときに限って、香乃との思い出が頭に浮かぶ。
『菜奈と一緒にいるのが一番落ち着く』
中学生の頃、香乃がお母さんと喧嘩をして私の家に泊まりにきたことがあった。夜通し話を聞いていた私に、香乃は涙目になりながら『菜奈がいてくれてよかった』と微笑んでいた。
あのときくれた香乃の言葉が本心だったとしても、今はもう変わってしまったのかもしれない。
「珍しいね、菜奈ちゃんが料理教えてほしいなんて」
家に帰ると、詩がリビングにいたので早速おばあちゃんの作る煮物を教えてと頼んだ。お母さんや私と話してから、詩の中で少しずつ変化が出てきたらしく、こうして部屋から出てくるようになった。
けれど、明るく振る舞っているものの、時折表情に暗い影が落ちる。詩なりに葛藤しながら、過ごしているのだと思う。
「お弁当すごく美味しかったから! それに懐かしい味がして、自分でも作れたらなぁって」
「そっか」
詩は照れくさそうに微笑む。鼻の頭がほんのりと赤くなっていて、目が潤んでいた。
大好きなおばあちゃんのことを思い出しているのかもしれない。
「こんな私を知ったらガッカリするかな」
ぽつりと詩が呟いた。
誰がとは聞かなくてもわかる。おばあちゃんの前で詩は常に笑顔で、弱さを見せていなかった。人間関係が原因で学校に行けなくなるなったことをかなり後ろめたく思っているようだった。
「ガッカリなんてしないよ。詩は我慢強いから、辛いときになかなか泣けないんじゃないかって、おばあちゃんが昔心配してた」
「……っ、我慢強くなんてないよ。言葉にするのが下手くそなだけ」
涙を堪えるように詩が眉根を寄せて、ソファの背もたれに身体を倒す。
「おばあちゃんの味、忘れないでおきたいね」
もうおばあちゃんはいないけれど、残してくれたたくさんのものがある。料理や、思い出、そして私たちへの想いのこもった言葉。それらを受け継いで大事にしていきたい。
「じゃあ、早速明日のお弁当用に作ってみる? 食材のあまりもあるし」
立ち上がって近くに置いてあったエプロンを手に取った詩に目を剥く。
「え、待って! こういうのってレシピじっくり読んでから作った方がよくない?」
先にレシピを読んでポイントを教えてもらった上で、実践していきたい。けれど詩は時間の無駄だと首を横に振る。
「実践する方が大事。菜奈ちゃんには、まず野菜の切り方から私がビシバシ教えるから」
「えー……」
「作れるようになりたいんでしょ?」
「……お手柔らかにお願いします」
こうして夕方から詩と一緒に明日のお弁当用の煮物を作ることになった。とはいえ、料理に慣れていないため、詩の指示を聞きながらでないと身動きが取れない。
「次はなにすればいい?」
「人参の皮剥いたから、これを……こんな感じで切って」
お手本通りを意識しながら、まな板の上の人参に包丁を入れていく。だんだんと慣れてきて余分な力が抜けて、トントンと小気味いい音が鳴る。
「菜奈ちゃん、なるべく均一に切らないと」
「均一のつもりなんだけど。切るのも速くなったし」
「速さより形! これとこれ、まったく違うよ! ほら、見て」
「うっ」
大雑把に切りすぎてしまったみたいだ。こういう作業が不得意だったことをやりはじめてから思い出した。
昔はおばあちゃんと三人でやることも何度かあったけれど、私は野菜を切ったり、分量を測ったりするのが苦手で途中から諦めて味見係に徹していたのだ。
野菜の切り方や火加減、味付けのポイントを隣で教えてもらいながら、少々形にばらつきのある煮物を作っていく。
詩とふたりで料理をしながら会話をしていると、ほんの僅かな時間でも悩み事を忘れられた。
その日の夜、香乃から返事がくることはなく、電話かけても出てくれなかった。SNSを開こうとアイコンをタップする直前で指を止める。
香乃の投稿を見つけたとして、私のメッセージは無視されているのだとショックを受けるだけだ。
気になって押してしまいたくなるけれど、見るのも怖い。
またなにか私のことを書いているかもしれない。
書いていなかったら安心できるけれど、その分傷つくリスクもある。それにもしも私のことをブロックしていたら……悪い方向にばかり思考が傾いてしまう。
『SNSを日常の中心に置くことからやめてみるとか』
伊原くんの言葉が頭を過ぎった。
深く息を吐いて、スマホの画面を閉じる。そしてそのまま枕の下に仕舞う。
離れたいと思っているのに、SNSに囚われてしまう。まるで中毒だ。
ベッドに寝転がり、布団を被る。落ち着かない気持ちもあるけれど、SNSを見ることによって疲弊したくない。
こんなときに限って、香乃との思い出が頭に浮かぶ。
『菜奈と一緒にいるのが一番落ち着く』
中学生の頃、香乃がお母さんと喧嘩をして私の家に泊まりにきたことがあった。夜通し話を聞いていた私に、香乃は涙目になりながら『菜奈がいてくれてよかった』と微笑んでいた。
あのときくれた香乃の言葉が本心だったとしても、今はもう変わってしまったのかもしれない。