アオハルリセット
***

 それから数日後の土曜日。朝から千世に会えないかと誘われて、駅前のファーストフード店で待ち合わせをした。

「あのさ、菜奈」

 メロンソーダにストローをさして、くるくると回しながら千世がちらりと私を見やる。


「最近香乃と話してる?」

 まさか千世の方から香乃の話題を振られるとは思わなかった。アイスティーが入ったプラスチックの容器を手で何度もへこませながら、どこから話そうかと考える。

「実は……朝一緒に行ってなくて、話してないんだ」
「えっ! もしかしてこの間私が乱入しちゃったせい?」
「ううん、違うよ。私に対して不満があったみたいで……」
「それって、菜奈が私とまた話すようになったから?」

 盗撮の犯人が香乃だと発覚した出来事や、香乃がSNSで私のことを書いていた話を千世に打ち明けた。すると、みるみると顔が険しくなっていく。

「伊原と付き合ったことが不満だったってこと?」
「元々私に不満もあったんだと思うけど……理由のひとつは付き合ってからの私の態度みたい」
「揉めるって経験上わかってるはずなのに、なんでSNSに書くんだろうね」

 今までも香乃はなにかあるとSNSに匂わせるようなことを書いてしまうため、書かれた本人が気づいて喧嘩になっていた。

「はぁ……だから炎上するんだよ」
「炎上って、香乃が?」
「あれ、今トワ界隈で荒れてるの知らない? 香乃が炎上してるんだよ」

 炎上は配信者やインフルエンサーなど、著名な人たちに起こるもののイメージだったので、いまいち結びつかない。

 香乃の相互フォロワーは五十人ほどいた記憶はあるけれど、その人数で炎上するとは考えにくい。

「これ、見て」

 目の前に置かれたスマホには、まとめサイトが開かれていた。

「え……なにこれ」

 【害悪トワリスナー】というタイトルで、画像付きの説明が書かれている。
 捨て垢数名の暴露で発覚したらしく、香乃の趣味垢と鍵垢のIDまで晒されていた。トワのリスナーと繋がってはトラブルを起こしていることや、裏ではこんなふうに特定の人を中傷しているなど事細かに記載されていた。


「誰がこんなこと……」
「多分なんだけど、最初に晒したのはゆーかちゃんとか理有ちゃんたちじゃないかな。後から今まで揉めた人たちが乗っかったって感じがする」
「それって、仕返しってこと?」
「ゆーかちゃんたち、香乃が鍵垢を晒して攻撃してる証拠集めてたっぽいし、映り込んだアイコンの画像が香乃アカウントと完全に一致してしてるらしいよ」

 ゆーかちゃんが香乃を疑っていたのは私もDMが届いたので知っている。けれど、あのときは香乃と話がしたそうだった。もしかして連絡を無視され続けて、こういった行動に出たのだろうか。

「結構拡散されてるから暫くは大変だろうね」

 スクリーンショットに映っているのを見る限り、拡散している人数は二千人を超えている。

「まあ、自業自得ではあるけど。ちょっと気の毒」
「……私もやりすぎだとは思う。でも香乃自身も、自分が今までしてきたこととちゃんと向き合わないといけない気がする」

 千世は意外そうな顔をして、目を瞬かせた。

「菜奈がそんなこと言うとは思わなかった」
「不満があるからっていろんな人の目に入ってしまうSNSに書いたりするのは、間違ってるから」

 香乃の投稿で私のことかもしれない内容を見たときは、ナイフで心を刺されたような衝撃を受けた。

 今まで私は傍観者で、でも香乃の味方みたいな立ち位置でもあって、傷つけられてきた人の気持ちを本当の意味でわかってなかった。


「それに……書かれた人の傷は、簡単には消えない」

 だからこそ、香乃へ仕返しをする機会を窺っていた人もいたのかもしれない。でも、この方法も正しいことではない。ネットに晒して傷つけ返すなんて負の連鎖だ。

「香乃は不満があると、自分の中で消化しきれないんだろうね。誰かに聞いてほしくて、慰めてほしくて、その場所がSNSだったんじゃないかな」

 愚痴をこぼしたくなる気持ちはわかるけれど、時には自分の中で解決しなければいけないときだってある。

 人の感情はちょっとしたことで沈んだり浮上する。自分の機嫌を周りにとってもらうのではなくて、自分でとれるようにならないと、誰かを振り回してしまう。

「この機会に縁を切った方がいいんじゃない?」

 香乃と縁を切る。そんな選択肢が目の前に浮かぶ日が来てしまった。
 炎上していなかったら、私は向こうから縁を切られていたと思う。だけど状況が変わった。

「今はネットで頼る人を失っただろうし、菜奈が下手に連絡すると、都合よく扱われるよ」

 それでも私は縁を切るという選択肢になかなか手を伸ばすことができない。

「……関係を切ったら後悔しそうで怖いんだ。今まで私は話し合うことすら避けて、香乃の欲しそうな言葉を口にして、顔色をうかがってた」

 私は優しいわけじゃない。人と揉めるのも苦手で、気まずい関係を作りたくないだけだ。それに香乃の存在に助けられてきたことだって何度もあった。

 香乃に感謝をしている気持ちはもちろんあるけれど、それだけじゃない。一言くらい文句だって言いたい。あんなことをネットに書かれて、盗撮までされて、何事もなかったかのようにしたくない。


「このまま自然と離れるくらいなら、話し合ってみる」

 メッセージも電話も応答はないけれど、学校で香乃に声をかけて時間を作ってほしいと頼むしかない。


「じゃあ、私もそうする。メンタル弱いから堪えてるだろうし、会ってくれるかわからないけど」
「え? 香乃ってメンタル強い方じゃないの?」
「強いフリをしてるだけで、かなり弱いと思うよ」

 そんなことを思ったことがなかった。私から見た香乃は、自分を持っていて、気が強い。そしていつだって自分の選択に自信があるように見えていた。

「よし、じゃあ今から会いに行こう」

 ずずっと残りのメロンソーダをストローで吸い上げると、千世がカバンの中にスマホを入れた。

「今から? でも電話も出てくれないし……」
「ほら、思い立ったら行動! 行こ」

 慌ててアイスティーを飲み干す。氷で冷えていたそれを一気に体内に入れたことによって、冷静になっていく。家にいない可能性もあるし、香乃にも心の準備が必要なはず。事前に香乃にこれから家に向かうという連絡を入れて、私たちは立ち上がった。


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