アオハルリセット
***
その後、学校では香乃から遥ちゃんとやよいちゃんに謝罪をしたそうで、千世が間に入りながら一応仲直りという形になったらしい。まだ気まずいみたいだけど、いがみあう関係ではなくなったと千世がほっとしていた。
私の盗撮アカウントも消えて、伊原くんに香乃が直札謝罪したという話も聞いた。伊原くんは特に怒ったりもせず、ただもう二度としないでほしいとだけ言って、謝罪を受け入れたそうだ。
そして、香乃は私と千世に炎上の件の対応を一通り報告してくれた。
SNSで揉めていたゆーかちゃんや理有ちゃん、そして過去に喧嘩した子たちに謝罪のメッセージを送ったそうだ。
反応がない子もいれば、ブロックされることもあったみたいだけど、ゆーかちゃんたちとはお互いを晒していた捨て垢を消すという話で落ち着いたらしい。
『それと、SNSから離れてみる』
遊んでいるときもスマホを手放さずSNSをチェックしていた香乃にとって、かなり大きな決断をしたように感じた。
『SNSに依存してたのに離れるなんてできんの?』
『でもそうしたいって今は思ってるから。てか、応援してくれたっていいじゃん』
『何日続くかわからないけど、頑張れ』
『言い方ほんっとむかつく!』
メッセージ越しから千世と香乃が喧嘩をしそうな空気が漂っている。けれど私は以前とは違って焦りも不安も抱かなかった。ふたりが喧嘩したら仲裁に入らないととか、顔色をうかがうことが多かったけれど、今は違う。
私は『どっちもどっち』と言っているモカのスタンプを押すと、ふたりともショックを受けた顔をしたモカのスタンプを返してきた。そんなやりとりに私は笑みを浮かべる。
今後もふたりは磁石みたいに反発しあったり仲良くなったりを繰り返すはずだ。そのたびに振り回されて疲弊するよりも、私も時には意見を口にしていきたい。
傷はすぐには癒えたりはしないし、人を傷つけたという事実も消えない。だけど、また同じ過ちを繰り返さないためにも、傷つけあったこの日々を忘れずにいたい。
「あれ! 菜奈ちゃん、まだ家にいて大丈夫? 待ち合わせ遅刻じゃない?」
髪を櫛で梳かしていると、洗面所に入ってきた詩が目をまん丸くして首を傾げた。
「待ち合わせするのやめたんだ」
早めの時間に集合していたので、その約束がなくなった分、私は朝の準備にゆとりを持てるようになっている。
「え、なんで? 喧嘩でもした?」
「うーん、むしろ本音で話したからかも」
わけがわからないといった様子の詩に笑いかける。
「いつも一緒にいる必要なんてないってわかったから」
誰かといないと不安だった。香乃に依存して、千世が味方してくれることに安心して、そうやって寄りかかっていたんだ。
三人で登校しなくなることで私たちの会話は減っていき、関係にも距離が生まれていくはず。だけどひとつの繋がりだけが全てではない。
誰かに依存するのではなく、家族や香乃と千世、伊原くん、クラスの友達。いろんな人たちとの関係を手放したりせずに大切にしていきたい。
「そういえば詩、今日どこか行くの?」
部屋着から着替えていて、髪も整えている。こんな詩を見たのは久しぶりだ。
「……今日ね、お母さんに一緒に出かけないかって誘われて」
「そっか。気晴らしになるといいね」
「外に出るのは……ちょっと怖いけど」
五月に学校へ行けなくなってから、七月を迎えた現在まで詩は外に出ることはなかった。
部屋に閉じこもった頃よりも最近はリビングにいたり、料理や洗濯を手伝ったりと笑顔が戻りつつあるけれど、それでも家から出るというのは詩にとってはかなり勇気がいることなのだと思う。
「じゃあ、駅前のシュークリームお願い!」
漠然と外に出て散歩をするよりも、なにか目的がある方がいいかもしれないと提案をしてみると、詩が目を細める。
「菜奈ちゃん、最近顔丸くなったのにいいの?」
「丸くなった!?」
鏡を見ながら頬や顎辺りを、じっくりと確認していく。言われてみれば、ちょっと丸くなったような気もする。
「アイスとか甘いもの食べすぎたかな……」
「それより、さすがにそろそろ家でないと遅刻するよ!」
詩がスマホ画面を見せてきた。時刻は八時を回っている。
「わっ、やばい!」
玄関へと足早に向かう。ローファーを履いて、玄関の全身鏡で身嗜みの最終チェックをしてから鞄を手に取った。
「いってらっしゃーい! 気が向いたら、買ってくるよ」
詩が近くまでやってきて、笑顔で手を振りながら見送ってくれる。
「いってきます!」
元気よく返して、私は急いで家を出た。
もわっとした熱気が、足先から全身を包む。梅雨が明けて蒸し暑い夏がやってきた。
季節が巡るように、私の日常も変化した。待ち合わせ場所だった公園を通り過ぎて、駅を目指し駆けていく。
きっとこれからも様々な出来事が起こるはず。そのたびに私を取り巻く人間関係にも、変化していくだろう。
泣きたいほど嬉しいこともあれば、苦しくなるくらい嫌なこともあるはずだ。それら全てを思い出として心に整頓して、私は今の自分を大事にしていきたい。
その後、学校では香乃から遥ちゃんとやよいちゃんに謝罪をしたそうで、千世が間に入りながら一応仲直りという形になったらしい。まだ気まずいみたいだけど、いがみあう関係ではなくなったと千世がほっとしていた。
私の盗撮アカウントも消えて、伊原くんに香乃が直札謝罪したという話も聞いた。伊原くんは特に怒ったりもせず、ただもう二度としないでほしいとだけ言って、謝罪を受け入れたそうだ。
そして、香乃は私と千世に炎上の件の対応を一通り報告してくれた。
SNSで揉めていたゆーかちゃんや理有ちゃん、そして過去に喧嘩した子たちに謝罪のメッセージを送ったそうだ。
反応がない子もいれば、ブロックされることもあったみたいだけど、ゆーかちゃんたちとはお互いを晒していた捨て垢を消すという話で落ち着いたらしい。
『それと、SNSから離れてみる』
遊んでいるときもスマホを手放さずSNSをチェックしていた香乃にとって、かなり大きな決断をしたように感じた。
『SNSに依存してたのに離れるなんてできんの?』
『でもそうしたいって今は思ってるから。てか、応援してくれたっていいじゃん』
『何日続くかわからないけど、頑張れ』
『言い方ほんっとむかつく!』
メッセージ越しから千世と香乃が喧嘩をしそうな空気が漂っている。けれど私は以前とは違って焦りも不安も抱かなかった。ふたりが喧嘩したら仲裁に入らないととか、顔色をうかがうことが多かったけれど、今は違う。
私は『どっちもどっち』と言っているモカのスタンプを押すと、ふたりともショックを受けた顔をしたモカのスタンプを返してきた。そんなやりとりに私は笑みを浮かべる。
今後もふたりは磁石みたいに反発しあったり仲良くなったりを繰り返すはずだ。そのたびに振り回されて疲弊するよりも、私も時には意見を口にしていきたい。
傷はすぐには癒えたりはしないし、人を傷つけたという事実も消えない。だけど、また同じ過ちを繰り返さないためにも、傷つけあったこの日々を忘れずにいたい。
「あれ! 菜奈ちゃん、まだ家にいて大丈夫? 待ち合わせ遅刻じゃない?」
髪を櫛で梳かしていると、洗面所に入ってきた詩が目をまん丸くして首を傾げた。
「待ち合わせするのやめたんだ」
早めの時間に集合していたので、その約束がなくなった分、私は朝の準備にゆとりを持てるようになっている。
「え、なんで? 喧嘩でもした?」
「うーん、むしろ本音で話したからかも」
わけがわからないといった様子の詩に笑いかける。
「いつも一緒にいる必要なんてないってわかったから」
誰かといないと不安だった。香乃に依存して、千世が味方してくれることに安心して、そうやって寄りかかっていたんだ。
三人で登校しなくなることで私たちの会話は減っていき、関係にも距離が生まれていくはず。だけどひとつの繋がりだけが全てではない。
誰かに依存するのではなく、家族や香乃と千世、伊原くん、クラスの友達。いろんな人たちとの関係を手放したりせずに大切にしていきたい。
「そういえば詩、今日どこか行くの?」
部屋着から着替えていて、髪も整えている。こんな詩を見たのは久しぶりだ。
「……今日ね、お母さんに一緒に出かけないかって誘われて」
「そっか。気晴らしになるといいね」
「外に出るのは……ちょっと怖いけど」
五月に学校へ行けなくなってから、七月を迎えた現在まで詩は外に出ることはなかった。
部屋に閉じこもった頃よりも最近はリビングにいたり、料理や洗濯を手伝ったりと笑顔が戻りつつあるけれど、それでも家から出るというのは詩にとってはかなり勇気がいることなのだと思う。
「じゃあ、駅前のシュークリームお願い!」
漠然と外に出て散歩をするよりも、なにか目的がある方がいいかもしれないと提案をしてみると、詩が目を細める。
「菜奈ちゃん、最近顔丸くなったのにいいの?」
「丸くなった!?」
鏡を見ながら頬や顎辺りを、じっくりと確認していく。言われてみれば、ちょっと丸くなったような気もする。
「アイスとか甘いもの食べすぎたかな……」
「それより、さすがにそろそろ家でないと遅刻するよ!」
詩がスマホ画面を見せてきた。時刻は八時を回っている。
「わっ、やばい!」
玄関へと足早に向かう。ローファーを履いて、玄関の全身鏡で身嗜みの最終チェックをしてから鞄を手に取った。
「いってらっしゃーい! 気が向いたら、買ってくるよ」
詩が近くまでやってきて、笑顔で手を振りながら見送ってくれる。
「いってきます!」
元気よく返して、私は急いで家を出た。
もわっとした熱気が、足先から全身を包む。梅雨が明けて蒸し暑い夏がやってきた。
季節が巡るように、私の日常も変化した。待ち合わせ場所だった公園を通り過ぎて、駅を目指し駆けていく。
きっとこれからも様々な出来事が起こるはず。そのたびに私を取り巻く人間関係にも、変化していくだろう。
泣きたいほど嬉しいこともあれば、苦しくなるくらい嫌なこともあるはずだ。それら全てを思い出として心に整頓して、私は今の自分を大事にしていきたい。