美雪
「あたし、頑張ります。でも、あの着物がないと、『あたし』は『私』になれないんです。」

「なんだって?」
 直人が首をかしげる。

「あの着物を着ると、あたしは雪女の私になって、冷気や氷を操れるんです。あたし、ずっと雪女って呼ばれてて…」

 こんなこと言っても普通の人間は受け入れられないはずなのに、直人は驚いた様子もなく返した。
「私たちは君のことを調べる気はない。私たちに重要なのは、君がここにいて、私に貸してくれるかどうかだ。」

 直人は私を必要としてくれる。

 世間から除外されていたあたしを。

 直人になら、利用されてもかまわないと思った。
 
 直人は私の手を取って言った。

「あ…」
 人に触れられるのに慣れていなかったせいで、驚きで間抜けな声が漏れた。

 人に優しく触れられた記憶なんて、お母さんに頭を撫でられたことしか覚えていなかった。
 男子に水をかけられてずぶ濡れで帰ったとき、親に事情を話し終わると、母は恐る恐るあたしを撫でた。
 でもそれは鬱陶しいだけだった。
 触れないで欲しいとさえ思った。
 人と触れ合うことに、絶望していたから。

 直人の手は心地よい暖かさだった。
 暖かいと感じることさえ久しぶりだった。
 ずっと触れ合っていたいと思った。

「君の手は冷たいね。この病院、暖房強すぎで暑いから・・・もう少し触っていていい?」
「…うん」

 直人と触れ合いたいという気持ちが通じた。
 そんなことを考えるなんて、自分は相当酔ってるな、と思った。

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