美雪
「…おはようございます。」
 こっちこそ他人と話すなんて久しぶりだ。
 お金を持たないで来店しているから、どこか気まずい。
 そんな私をよそに、店主は話を続けた。

「ここは、洋服と一緒に幸せを売る店なんだ。洋服の服と幸福の福をかけてるんだ。うまいでしょ?」
「…?」
 いきなり何を言い出すんだろう。この店の営業方針なんて知ったこっちゃない。しかも全くうまくない。

「着ると元気が出たり、気合が入ったりする服ってあるだろう?そういう服をここでは売ってるんだよ。」

 まずい。この店主は営業する気まんまんだ。
 お金がないことを言っておかないと。
「それは素敵ですね。でもすみません。今日は持ち合わせがなくて…。」
 言い終わらないうちに、店主がまた話し始める。

「雪女さんにはサービスだよ。お代はいいからそこで待ってて。」

 この男、あたしが雪女と呼ばれていたことを知っているのだろうか?
 いや、全くの初対面のはずだ。きっと今日は初雪が降っているからふざけたに違いない。
「見つけた!」
 店主が私に純白の着物を見せてきた。
 今日の雪のように真っ白だ。

「わぁ…。」
 私が着物の美しさに声をもらすと、店主は、ぐっ、と顔を近づけて、私にこうい言った。

「『今日の雪のように真っ白』でしょう?」

 この男はきっと心が読めるんだ…。
 
 店主は着物を袋に入れてあたしに手渡した。
 貰った袋には、着物と一緒に青い帯が入っていた。

「あげるよ。今日の夜の散歩はこれを着て行ってみて。」
 …また・・・私の夜の散歩を、初対面のこの男が知るはずはないのに。
 また読まれてしまった。

「…どうも。」
 店を出ると、少し空が明るくなっていた。あたしは日光を嫌うバンパイアのように急いで帰った。

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