15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

 
*****


「和輝は栗のでいい?」

「ああ」

 お風呂後の私は、パジャマにカーディガンを羽織って、ロールケーキを皿にのせた。

 和輝はネクタイを外し、ワイシャツのボタンもいくつか外して食卓につく。

 二階の自室にいる子供たちは、父親の帰宅をまだ知らない。

 そろそろ寝る時間だから、下りてくるはずだ。

「明日、少し早く帰れない?」

「なんで?」

「和葉の宿題、追加質問があるんだって」

「え……」

 明らかに嫌そうな夫の表情に、思わずふふっと笑ってしまった。

「適当に答えておけばいいのに」

「適当って言ったって……」



 そうね。

 適当にでも私の好きなところなんて、思い浮かばないのよね。



「あまり答えにくい質問はしないように言っておくね」

「うん……」

 和輝が食事をして、私は明日のお米を研ぐ。

「あ、明日のお弁当は?」

「あ、いらないや。今日行くはずだった訪問が明日になったから」

「そう」



 明日もあの女性に会うのね。



 ゴンッと鈍い音がして、お米から顔を上げると、和輝が腕時計を外していた。テーブルにぶつけたのだろう。

「大事にしなきゃ」

「え?」

「大事な時計なんでしょ?」

「ああ……」



 あの女性との、大事な思い出の時計なんでしょう?



 二人がお互いの時計を見て微笑む姿が思い浮かぶ。

 忘れていたのに、思い出そうとすれば思い出せてしまうのが悔しい。



 だって、お似合いだった。



 惨めだ。

 だって、私が贈った時計は、置き去りにされた。

「あの時計、もういらない……?」

 ハッとした。

 口に出すつもりはなかったから。

 慌てて、水道のレバーを上げる。勢いよく水が流れ出す。

 夫が、私を見てる。

 私は、俯いたまま顔を上げなかった。

「お母さん」

 聞こえない振りをしようかと思った。が、無理があるとわかっていたから、水を止めた。

「なに?」

「和葉の宿題の最後の質問、なんて答えた?」

『生まれ変わってもお父さんと結婚したい?』

「もちろん、って」

「ああ、そっか」

 少しホッとしたように肩から力が抜けたように見えたのは、多分気のせいだ。

「他に答え、ある?」

「え?」

「生まれ変わってまではしたくない、なんて子供には言っちゃダメだからね?」

「えっ!?」

 私の気持ちだと思ったのか、和輝が目を丸くした。

 水量を見て、お釜を拭き、炊飯器にセットする。

「そんなこと言ってないぞ」

「当たり前でしょ? 子供の宿題なんだから」

「そうじゃなくて――」

「――あ! そういえば、和輝の実家、少し修繕が必要なんだって。去年の春に雨漏りしたところ、やっぱりちゃんと直さなきゃダメらしくて。お義父さんとお義母さんが和輝にも話を聞いて欲しいって」

「ああ。うん」

「週末にでも行って来たら?」

「お母さんは?」

「え?」

「一緒に行かないのか?」

「私が聞いても、ねぇ」

 ズルい。

 私の用事には無関心なくせに、自分の用事にはついてきて欲しがる。

 放っておけばいいのに、出来ない私は甘いのか。

「土曜の午前は仕事だよ?」

「午後か日曜で聞いておいて」



 自分で聞けばいいのに……。



「わかった」

 食事を終えた和輝が席を立つ。

 リビングを出ようとして、戻って来た。

 テーブルに置きっ放しの腕時計に気が付いたから。



 思い出の時計(それ)は置き去りにしないのね。



 寝室のチェストの上に置かれた腕時計を思い出す。

 私もいつか、あの時計のように置き去りにされるのだろうか。



 結婚して十五年も経ってこんなことを思うなんて、更年期かな……。



 惨めさを誤魔化そうとして、余計惨めになった。

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