15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
「お母さん、って……あの子の声に……似て……て……」
母親なら、よくあると思う。
スーパーで買い物をしていて、よその子の『お母さん』て声に振り向いてしまうこと。
なんとなく似ているだけでも、反応してしまうのだ。
それだけ、『お母さん』だということだろう。
「私……結構、頑張ってたんだけどな……」
「うん」
頑張っていたと思う。
千恵は、基本、頑張り過ぎるくらい頑張り屋だ。
気が強いとか可愛げがないとか言われることもあったが、それくらい一生懸命に頑張る子だった。
「あっさり……バイバイ、だって」
「そっか……」
子供だって、バカじゃない。子供なだけで。
受験して入った学校を替わりたくない気持ちも、不自由のない暮らしを捨てたくない気持ちも、わかる。
その為に、母親ではなく父親と暮らす選択をすることも。
母親がいない生活を想像するよりも、先にそっちを想像してしまっただけだ。
自分たちの生活が、いかに母親の努力の上に成り立っているかにまで気づけなかっただけだ。
母親と暮らすことを選んだとしても、きっと少なからず後悔はある。
だから、どちらが正解かなんてわからない。
ただ、十カ月お腹の中で育てて、激痛に耐えて出産し、寝る間も惜しんで育てたのは母親だ。
他の家庭はわからないけれど、少なくとも私と千恵は、家族のために家事をして、学校行事に参加して、子供が熱を出せば病院に連れて行き、看病をして、旦那の実家に顔を出し、贈り物をして、家庭を守ってきた。
恩着せがましいかもしれない。
それでも、『バイバイ』で手放せるほど、諦められるほど、簡単な想いでしてきたことじゃない。
千恵の子供たちに、それを知って欲しい。
どれほど母親に愛されてきたか……。
「そんなに泣いたら、ドーナツの砂糖が溶けるよ」
私は言った。
千恵がふっと笑った。長い睫毛から一滴、ぽたりとパンに落ちる。
「人のこと、言えないじゃない」
わかっている。
私のゴボウサラダもしょっぱくて堪らない。
私と千恵は、泣きながらパンを食べた。
カフェオレを飲んで、もうひとつずつ食べた。
二人して目を真っ赤に潤ませて、瞼を腫らした。
それから、笑った。
泣き疲れて笑えるなんて、バカみたいだ。
けれど、人目もはばからずに泣いたのなんて、いつ振りだろう。なぜか、すっきりした。
それは千恵も同じようで。
しっかりケーキも食べて、さて帰ろうかと思った時、千恵が言った。
「私、後悔してるの」
「え?」
「旦那の浮気癖を放置したこと」
「放置してたの?」
「うん。二度目までは問いただして喧嘩して別れさせてたけど、三度目からは疲れちゃって見ない振りしたの。下の子が生まれてすぐだったし。けど――」と、千恵が窓の外に目を向けた。
涙が渇いた後の肌がカサついているのがわかる。
私もそう。