15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
「この話、突き詰めていったら、元カノと仕事をしてることをどうして隠してたの? って和輝を責めなきゃいけなくなるよ?」
「隠してたわけじゃない」
「うん、わかってる。和輝は私が広田さんていう元カノの存在を知っていることを知らなかったんだし、わざわざ疑われるようなこと言いたくなかったんでしょ? わかってるよ。だから、もういいじゃない」
私はキャベツを口に詰め込んだ。何もしゃべれなくなるくらい。
そして、キャベツを噛みながら、席を立つ。
みっともない顔をしていると思う。
眉間に皺を寄せて、頬を膨らませてキャベツを噛む妻なんて、私は嫌だ。
それでも、このまま話し続けていたら、言わなくていいことまで言ってしまいそうだった。
そう思って、キッチンに逃げた。
「お母さん……」
こんな時でも、あなたは私を名前では呼んでくれないのね。
このままじゃ、私、本当にあなたの母親になってしまいそうよ。
ダダダダダッと階段を駆け下りてくる足音がして、勢いよくリビングのドアが開いた。
「お母さん! シャワー浴びていい?」
「あ、今日はお風呂にしようと思ってたの。洗ってあるから」
「わかった!」
和葉が、バタバタとお風呂場にいく。
さすがに、それ以上は和輝も何も言わなかった。
子供に聞かれるかもしれない食卓でする話じゃない。
案の定、すぐに由輝も下りてきた。
晩ご飯を食べたばかりだというのに、冷凍庫からアイスを出すと封を切る。
「由輝! アイスを食べるならキャベツを食べなさい」
「別腹~」
「なにが別腹なの!」
「お母さんは段々腹~」
「あんたねー!」
「それ以上太ったら、お父さんに離婚されるかもよ? だから――」
「――軽々しく離婚とか言うな!」
ダンッと鈍い音と同時に、和輝が大声で言った。
私と由輝はビクッと身体を強張らせて、和輝を見る。
そろぉっとキッチンのドアが開き、和葉もびくびくしながら顔を覗かせた。
眉間に深い皺を刻み、歯を食いしばっているのか、顎に力が入っているのがわかる。
鼻でゆっくり息を吸い込む。
「浮気とか離婚とか、軽々しく言うな」
低い声でゆっくりと言うと、立ち上がった。
「残り、朝食べるから」
和輝がリビングを出て、階段を上りきる足音を聞きながら、私たちは動けなかった。
夫があんな風に怒るのを、初めて見た気がする。
「お兄ちゃん、なに言ったの?」
和葉が涙目で聞いた。
由輝も目を伏せていて、手に持ったアイスは溶けて指を伝っている。
「この前もチョコを貰ったから浮気だとかからかうようなことを言っちゃったし、嫌だったんだよ」
「冗談、じゃん」と、由輝が呟いた。
和葉は初めて本気で怒った父親に驚き、ぽろぽろと涙をこぼす。
私がそっと近づくと、腰に腕を回してしがみついてきた。
「最近は本当に離婚する夫婦がたくさんいるじゃない。冗談に思えなかったんじゃない?」
「なんで? お父さんとお母さんは離婚なんかしないよね?」
和葉が私のエプロンで涙を拭く。
私は、娘の頭にそっと手を置いた。
「しないよ」
バカね。
あんなにムキになって怒ったら、やましいことがあるみたいじゃない……。