15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
「今更ですが……すいません」

 他に言葉がなかった。

 数年後、和葉が当時の柚葉のように恋愛に浮かれて仕事の休みを入れたり、頻繁に外泊していたら、心配になるだろう。




 そりゃ、お義父さんに『もちろん結婚を考えて付き合ってるんだろうな』とすごまれても仕方がない……。



「初めての彼氏が憧れの人だなんて、浮かれもするわよね。あ、私は『デキちゃった結婚はやめて』って言っただけよ? 私はまぁ、それもご縁かなと思えるけど、お父さんがねぇ?」

「はい……」

 順序を守れて良かった、と十五年も経ってホッとするとは。

「で? その頃の元カノと、今もお付き合いがあるの?」

 笑っていた時より随分と低い声でそう言われ、冗談ではなく心臓が止まった。

 昔話で笑っている場合ではない。

「最近、仕事の関係で再会しました」

「柚葉に浮気を疑われた?」

「いえ。それは少しも疑っていないと言われました」

「そう。じゃあ、心の浮気?」

「え?」

「今も気持ちがある、とか?」

「ありません! それは、絶対に」

 思わず声が大きくなる。

 だが、お義母さんは顔色を変えず、真っ直ぐ俺を見たまま、続けた。

「でも、和輝さんはその女性を昔のように名前で呼び、お揃いの腕時計を持っているんでしょう?」

「それも、誤解なんです」

「誤解して、柚葉が出て行った?」

「……」

 答えようがない。

 なぜなら、俺には柚葉の気持ちがわからないから。

 俺と広田が一緒にいるのを見ても、浮気を疑いはしなかったと言った。なのに、腕時計のことはひどく気にしているようだった。

 広田が会いに行っても怒りもしなかったのに、一度名前を呼んでしまっただけで出て行ってしまった。

「柚葉、五日経ったら帰るって」

「五日?」

「インフルエンザだから」

「でも――」

「――待っていたら帰って来るけど」

「でも――」

「――帰ったらきっと、もうこの話はしないでしょうね」

 わかっている。

 不甲斐ない俺だけど、伊達に十七年も一緒にいたわけじゃない。

 柚葉は、自分の気持ちを無理矢理飲み込んで忘れたフリを決め込むために、一人になりたいと言ったのだろう。

 いつもそうだ。

 柚葉は俺に、全ては曝け出さない。

 いつもは、それが妻の優しさだと甘えていた。

 それが、俺たち夫婦の在り方なのだと。

 だが、きっと、柚葉は我慢して我慢して、我慢してた。

 だけど、もう我慢が苦しくなって、俺から離れたかったのではないか。



 喧嘩にならないのは柚葉が我慢しているからだって、わかっていたのに――――!



 お義母さんが淹れてくれたお茶は少し渋かった。

 俺は柚葉が淹れてくれるお茶が好きだ。



 違う。

 柚葉が、俺の好みのお茶を淹れてくれるんだ。



 まだ少し熱い湯呑みをギュッと握る。

< 50 / 92 >

この作品をシェア

pagetop