15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
「とにかく、車に行こう」

 耳元で囁かれ、ドキッとした。

 夫が風除けになってくれたのだ。

 思いがけず抱きしめられるような格好になり、今更ながら恥ずかしくなる。

 さっきから、自分が自分でないようだ。

 最近、昔のことを思い出すことが多かったせいだろうか。

 気持ちまで、二十代の、和輝に憧れ、手が触れるだけで呼吸が苦しくなっていた頃に戻ってしまったようだ。

 ホテルの正面の道路を渡り、駐車場の端に停まっている車に乗り込む。

 潮風に吹かれ、髪がバリバリいっている。

 私は髪をゴムで一つに束ねた。

「今、何時?」

 夫がエンジンをかけると、モニターに地図と時刻が表示された。

 十一時四十七分。

 私は自分のスマホを車に接続しっ放しになっている充電器に差し込む。

「美容室に行くのか?」

「ううん。キャンセルの電話しなきゃ」

 予約は十三時。

 今から車を走らせても間に合うかどうか。

 そもそも、私は今インフルエンザということになっているのだから、美容室に行って家に帰るわけにいかない。

 由輝はともかく、和葉は気づくだろう。

 スマホの電源が入ると、美容室にキャンセルの電話をした。

 そして、車が走り出す。

「どこに行くの?」

「温泉」

「温泉!?」

「その前に美容室を探すか」

「かず――」

 タイミング良くか悪くか、ぐぅーっと私のお腹が鳴った。

「飯だな」

 海沿いを五分ほど走り、夫は車を止めた。

「ここ……」

「憶えてる?」

 珍しくスマホで検索したり私に聞いたりせずに店を決めたと思ったら、付き合っていた頃に来たことがある洋食店。

 店の横の駐車場の一番端に、店に向かって正面から停める。

 夫がハンドルの上に両腕をおき、抱きかかえるようにもたれた。そして、顔だけ私に向ける。

「なぁ、柚葉」

「なに?」

「明日、家に帰るまで、たくさん話をしよう」

「え?」

「俺たちはきっと、くだらないお喋りとか、深く考えずに思ったことを話すとか、そういうのが……足りてなかったんだよな」

 別に会話のない夫婦なわけじゃない。

 ただ、夫はそれほど口数も多くないし、仕事のことなんかは特に話さない。

 私も、話すのがあまりうまくないから、考えて話さないと脈絡やオチがなくなってしまい、思ったままをくどくどと話すのは好きじゃない。

 他の夫婦と比べて会話が少ないのかはわからない。

 ただ、夫がそう感じるのなら、そうなのかもしれない。

「それから、お互いに気を遣って我慢するのはなし。ちゃんと、ホンネで話そう」

 私は頷く。

「あ、これは帰るまでじゃなく、これからずっとってことな」

「え?」

「不満とか、疑問とか、頼み事とか、何でもいいから、思った時に言い合えるようになろう」

 そんな、理想の夫婦に、なれるだろうか。

 なりたい、と思う。

 和輝と、これからもずっと一緒にいたいから。

 夫もそれを望んでくれている。

 ならば、聞いてもいいだろうか。
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