15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

「もっと短くても似合うと思う……ぞ?」

「え?」

「首回りがすっきりしてるの……とか」

 柚葉は、俺がどんな風に言うと思っていたのかわからないが、とにかく驚いたようだった。

 そして、もう何年も同じ髪型でいたせいか、ピンとこない様子で自分の髪を指で摘まんでいる。



 言っても、いいだろうか。



「柚葉、うなじ……キレイだろ」

「はっ!? うっ――」

 さすがに驚き過ぎたようだ。

 俺自身、恥ずかしい。

「けど、まぁ、柚葉の好きなようにしたらいいと思う。じゃ、車で待ってるから」

 恥ずかしすぎて、逃げた。

 十五年も夫婦をやっていて、こんな風に直球で妻の容姿にコメントしたことがあっただろうか。

 いや、ない。

 結婚前も、ほとんどない。

 些細な変化とか、気づけない。

 褒め方も上手くない。

 そして、すこぶる恥ずかしい。

 柚葉のうなじが綺麗だと思うのは本当だ。

 だが、そもそも『そういう』目で見ていたのは随分前のことで、最近は全く気にしていなかった。



 適当なこと言ったと思われたかな……。



『お母さん』呼びをやめた途端、名前で呼ぶようになった途端、妻を意識しだすなんて単純すぎる。

 俺はシートに背を預け、すぐ目の前の天井を見て息を吐いた。

 思春期の学生みたいなことを考えている場合ではない。

 妻に却下された旅館の代わりを探さなければ。

 俺はスマホのマップで近辺の宿泊施設を探す。

 柚葉は俺の言ったような髪型にするだろうか。

 する、と思う。

 どのくらい短くするかはわからないが、切ると思う。

 結婚十五年経った今でも、髪型に好みを取り入れてもらえるくらいには、惚れられていると、惚れられていたいと、思った。



 もう少し、調子に乗っても許されるだろうか……。



 俺はスマホを助手席に放ると、シートを倒して目を閉じた。

 昨夜はあまり寝ていない。

 昨夜だけじゃない。

 柚葉がいない寝室は静かすぎて、寒すぎて、この三日はよく眠れなかった。

 隣のベッドが空なのが、こんなに寂しいと思わなかった。

 そして、考えた。

 俺が出張の時、柚葉も寂しかったろうか。

 それとも、静かでぐっすり眠れたのだろうか。



 昔は寂しいって、言ってくれたけど。

 今じゃ、俺の方が寂しがってるなんてな。



 俺にとって、柚葉はいて当たり前の存在だ。

 こんな風に出て行かれても、なぜか、離婚なんてフレーズは思い浮かばなかった。

 だが、柚葉の気持ちを聞いた今なら思う。

 一歩間違えば、その可能性もあったかもしれない。



 どれだけ柚葉に甘えてんだろうな……。



 そんなことを考えながら、俺は目を閉じた。
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