15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
「――ったた」
「大丈夫か?」
和輝に腕を掴み上げられ、ベッドに戻る。
「おっ、親のクセに! 気持ち悪いんだよ!」
そう吐き捨てて、由輝はその場から逃げ出すように走り去り、恐らく自分の部屋に駆け込んだ。
バタンッと叩きつけるように閉まったドアの音からして、そうだろう。
私と和輝は唖然として、ドアを見つめていた。
「お兄ちゃんて、こっども~」と、和葉が訳知り顔で兄の部屋を見る。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「愛華のお母さんに赤ちゃんが出来たじゃない? だから、お兄ちゃんは弟と妹ならどっちが欲しい? って聞いたの。そしたら、いきなり怒りだしちゃって」
「はぁ……」
「私は妹が欲しいけど、そしたら一人部屋じゃなくなっちゃうのはヤだなぁ。あ! 妹が一人で寝れるようになる頃には、私はもう大人か! 彼氏と同棲とかしてるかも~」
鼻歌でも歌い出しそうに言葉を弾ませながら、和葉も自分の部屋に戻る。
「同棲!? おいっ、和葉! 結婚前に男と暮らすとか、ダメだからな!!」
返事の代わりに、娘の部屋のドアがバタンと閉じる音。
急にシン……と静まり返る。
途端に、なんだかおかしくなった。
「ふ……っふふ」
「なに笑ってんだよ」
「だって、自分のことは棚に上げて同棲はダメとか……」
「自分と娘は話が違うだろ」
「そうね……」
「ホント……、今なら柚葉のお父さんの気持ちが良くわかるよ」と、和輝が大きなため息をつく。
「けど、和葉より由輝のママっ子の方が心配かもな」
「そう? 気持ち悪いとか言われちゃったけど?」
「俺に柚葉を取られるのが嫌なんだろ」
「そういうもん?」と、首を回して夫を見る。
「多分……」と、夫が顔を近づけてくる。
互いに目を閉じて、唇が触れ合うのを待つ。
「ばーちゃん家行くんだろ!」
廊下から声が聞こえ、ハッと目を開ける。
寝室のドアは開け放たれたままだが、見られてはいない。
「お腹空いたぁ」
私と夫は苦笑いし、一秒にも満たない短いキスをして、立ち上がった。
「由輝! 今日は和葉のお祝いなんだからね」
「そーだよ! お兄ちゃん、食べ過ぎないでよ!」
「わかってるよ!」
結婚して十五年。
もうすぐ十六年目。
きっと、夫婦としてはまだまだで。
触れ合えずにいた十数年は勿体なかったけれど、子育てに追われながら義務的に触れ合っていてもきっと、満たされはしなかったと思う。
だから、十五年目で良かったんだと思う。
だって、今だからこそ、私はプロポーズの言葉を貰えたし、夫婦生活はこれから十五年以上続いていく。
結局、娘にプロポーズの言葉は教えていない。
勿体ない気がして。
十五年前に貰っていたら言えたのかもしれないけれど、今はまだ私の胸の中で大事にしていたいから。
これから先も、夫とすれ違ったり喧嘩したりするかもしれない。するだろう。
そうしたら、あの質問用紙を読もう。
和輝はどうしたかわからないけれど、私は大事にしまっている。
十五年目の夫のホンネ。
好きなところや嫌いなところは少しずつ変わっていくかもしれない。それでも、嫌いなところが増えていって、書ききれないほど増えていっても、好きなところが一つでも残っているのなら、頑張ろう。
死が二人を別つ時、生まれ変わっても一緒になりたいと思えるように……。
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