《書籍化》国を追放された【聖女】は、隣国で天才【錬金術師】として暮らしていくようです

第10話【プレゼント】

「アベル様が欲しそうなものですか?」
「うん。そう。何か心当たりないかな?」

 私がしばらくお世話になることを決めてからそれなりの日数が既に経過していた。
 あれからアベルに何かお礼の気持ちとしてプレゼントをしようと思っているのだけれど、なかなかいいものが思い浮かばないでいた。

 本人に直接聞いたのでは面白みに欠けるし、かと言ってそんなに関わりが深くない相手が喜びそうなものを見つけられるほど、私は勘が良くは無かった。
 そこで、長年関係の深そうなカリナに聞いているというわけだ。

 ちなみにあれからことあるごとに私はカリナを誘って、カリナおすすめの甘味を食べに出かけている。
 今も、カリナから聞いた最近流行りだという『ガレット』というものを食べに来ている。

「もしエリスがどんなものでも薬を作ったら、アベル様は喜ぶと思いますよ?」
「あ、そういうのじゃなくて。商売じゃなく個人的に欲しいもの。プレゼントを考えててさ」

 何度も誘ってお互いの大好物である甘味を一緒に食べる仲になったおかげで、カリナは以前よりは少しだけ砕けた口調で話してくれるようになった。
 一番の変化は、私の呼称。

 甘味を楽しむ仲間として、様付けはどうかやめて欲しいと繰り返した結果、ようやく呼び捨てで呼んでくれるようになった。
 丁寧なのはもうそういうものだと割り切ることにした。

「まぁ。プレゼントですか? うーん。難しいですねぇ。仮にもこの国切っての商人の一人ですから、欲しいものがあればご自分で探し出して買ってしまいますからね」
「やっぱりそうなっちゃうよねぇ」

 村にいたときは、簡単な手作りの人形やお菓子などでも喜んでくれる人がほとんどだったけれど、さすがにそんなものをアベルに贈るわけにもいかないだろう。
 カリナも思いつかないとなると、プレゼントをする、ということ自体思い直した方がいいだろうか。

「そういえば、ヒントになるか分かりませんが、前から眠りが浅くて困っている、とは漏らしていましたね。なかなか寝付けず、寝てもすぐに起きてしまうのだとか」
「眠り? え? 眠れないなんてあるの? 私なんて許されるなら一日中だって寝てられるのに」

「まぁ。でも眠りを助けるものがあれば、アベル様も助かるかもしれませんね。そんなものが世の中にあるのかどうかは分かりませんけれど」
「うーん。眠りを助けるかぁ。ありがとう。ちょっと調べてみるよ」

 そういうと私は目の前にある、植物の実を挽いた粉を動物の乳で溶いたものを薄く焼き、その上にナッツを練り込んだショコラペーストをたっぷりと塗ったお菓子、ガレットを口に放り込んだ。
 しっとりとした生地とねっとりと甘味のあるショコラペーストが絶妙な味わいを醸し出して、つい笑顔になる。

 そんな私を微笑みながら眺めるカリナは、行儀良くナイフとフォークを使って、一口サイズに切り出したものを口に入れる。
 カリナもその美味しさに、頬は緩み、満面の笑みを浮かべた。



「ねぇ、エア。錬金術で眠りを助けるものなんて作れるかな?」
「作れるよ」

 カリナとの楽しい時間が終わり、部屋に戻った私はエアにさっきカリナから聞いた物が作れるかどうか聞いてみた。
 答えは返ってきたものの、その先のことが知りたいことだ。

「うん。聞き方が悪かったね。眠りを助けるものをアベルにプレゼントしたいんだけど、作り方を教えてくれるかな?」
「うーん。まぁ、良いけどね。結構難しいよ?」

 エアが難しいと言うということは、ほんとに難しいのだろう。
 でも、それを作ればプレゼントとしては上出来だと言える。

「うん。私頑張る。まずは必要なものを揃えないとね?」
「そうだね。前みたいにカリナに頼むとアベルにも伝わっちゃうだろうから、自分で買うなり摘むなりしたら良いんじゃないかな?」

「買う、は良いけど、摘むの?」
「この辺りに生えている植物が素材になるんだよ」

 エアに言われて、私は手を動かせば手に入るものはなるべくそうすることに決めた。
 カリナとの甘味に使う以外にはほとんど使い道のないお金は、まだまだ潤沢に残っているけれど、今までの生活の癖で、買わなくても済むならそれに越したことはない、と思ってしまう。

「じゃあ、まずはその植物を摘みに行こうか。場所を教えてもらえる?」
「良いよ。あと、結構な量が必要になるから、何かカゴを借りた方がいいね」

 こうして私は、カリナに言って貸してもらった大きなカゴを持って、屋敷から少し離れた丘へと向かった。
 そこには小さな可愛らしい紫色の花を咲かす野草が辺り一面に生い茂っていた。

「わぁ。いい匂いだねぇ」

 花畑に近寄ると、花から発せられる匂いが鼻をくすぐる。
 息を吸い込んだ後も鼻の中に残るような、濃厚で少しツンとする独特な香りだった。

「これを持てるだけそのカゴに詰めてね」
「うん。分かった。この花が原料になるのね」

 言われるままに多くの花をつけた野草をカゴに摘んでいく。
 鼻歌を歌いながら夢中で摘んでいると、気が付けばカゴいっぱいに野草が入っていた。

「うん。そんなもんでいいんじゃないかな。あとは、市場でこれから言うものを買ってね」
「分かった」

 私が買ったのは小さな陶器の皿と、動物の脂身、その他にもこれをどうするのか分からないものばかりだった。
 それでも言われた通りに買い揃え、全て揃うと部屋に戻り早速作業に入る。

「えーっと、それじゃあお願いするね」
「うん。まずは前やったみたいに、器に水を溜めて、その中にその花を圧搾して滴る液を入れて」

 私は精霊力を込めながら水を溜めた器の上で、花を握りしめた。
 花と同じ色をした液が滴り、水の中に落ちると拡がるように溶けていく。

 それを花が無くなるまで繰り返す。
 手の中に収まる花の量は微々たるもので、カゴに入った野草は山のようにある。

 気が遠くなりそうになりながらも、気合を入れて作業を黙々と続けた。
 やがて、全ての花が無くなり、私の体力も無くなってしまった。

「うーん。まだ結構続くの? この作業」
「もちろん。これからが本番だよ。でも、無理はダメだね。これはこぼさないように置いておけばいいから、今日はここまでにして、続きは明日にしようか」
「さんせーい」

 そう言うと、私は身体を部屋にあるベッドの上に投げ出す。
 花を摘んだり、指示されたものを探すのに市場を駆け回ったりしたせいもあるのか、私はそのまま深い眠りに落ちていった。

 部屋には花の香りが充満していた。
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