《書籍化》国を追放された【聖女】は、隣国で天才【錬金術師】として暮らしていくようです
第11話【匂いの効能】
「あーよく寝た」
昨日、作業の途中で疲れ果てて寝てしまった私は、身体を起こして一度大きく伸びをする。
最近あまり身体を動かすことがなかったせいか、すぐに眠りに落ち、そして目覚めは快適だ。
朝の支度をするために共同の水場へと向かう。
昨日早く寝たおかげで、まだ外は薄暗い。
「それにしても屋敷内に水が取れる場所があるなんて、凄いわよねぇ」
そう独り言を言いながら、ポンプのレバーを操作し、桶に水を汲む。
村にいた時は、村の中央にある一つしかない地下水を汲み上げる井戸を村中の人が共同で使っていた。
買い物やお菓子を食べに外に出かける機会があったけれど、街の大きさのおかげか、はたまた国自体の文明が栄えているのか、私の常識が成り立たないことがしばしばある。
そんなことを思いながら、汲み上げた水を使い顔を洗う。
「ずいぶん早いんだな。エリスも眠れなくて起きたのか?」
朝が早いせいでまだ誰もいなかった水場に、突如知っている声がした。
振り返るとあくびをしながらこちらに近付いてくるアベルが見えた。
少し乱れた髪の毛のせいで、寝起きだということが分かるけれど、まぶたは重そうで、何度も噛み殺しきれないあくびを繰り返している。
どうやら眠りに問題があるというカリナの言葉は本当のようだ。
「おはよう。ううん。昨日ちょっとした作業のおかげで早く寝ちゃって。今起きたけど、気分は爽快だよ」
「そりゃあいいな。ここ最近忙しくて寝るのが遅くなってしまっているんだが、こうやって早くに目が覚めてしまってな。おかげでしばらくはあくびが止まらない」
「うーん。眠れないなんて辛いよね。あ、そうだ。今日の夕方、時間がある時でいいから会えるかな? 渡したいものがあるんだけど」
「渡したいもの? 俺に? なんだ、なんだ? 気になるな」
アベルは重そうだったまぶたをめいっぱい上に押し上げて、突然覚醒したように私を見つめる。
「うふふ。大したものじゃないけどね。中身は渡してからのお楽しみ。あ、期待してたら申し訳ないけど、売り物とか商売の話じゃないんだ。ごめんね?」
「売り物じゃないってことは、俺個人に何かくれるってことか? そりゃあ楽しみだな!」
私の言葉になぜかさっきまでの眠気が吹っ飛んだかのように、目を爛々とさせたアベルを見つける。
商売ではないと言ったけれど、頭の中では私が思いもよらないような計算をしているのかもしれない。
「うん。ほんと、アベルのために作ったものだから。お金にならない話でごめんね? それで、どうすればいいかな?」
「いや! エリスが俺のために何かを作ってくれたなんて。すごく嬉しいよ! じゃあ、夕食が終わったら俺がエリスの部屋に行くでいいかな?」
あまり期待されてもアレなので、念押ししたけれどダメだったようだ。
言えば言うほどアベルは元気になっていくので、今頃頭の中ではうまく商売に繋げる方法を考えているに違いない。
お菓子を食べながらカリナから聞いた話によると、この前作った薬を、アベルはかなり有効利用したようだ。
いくら数を作ったとは言え、大々的に売るにしては数も多くない薬をアベルは単なる商品としてではなく、交渉の切り札とした。
骨折ほどの大怪我ですら一気に治癒させる薬。
それを買う権利を与えるために、他の商売の契約を有利に進めたのだという。
商売のことは詳しく分からないけれど、一度売ればお終いの薬を、継続的な収入が得られるものに変えた、ということらしい。
もちろん権利を与えた大口の顧客に、薬自体も適正な値段で売っているわけだから、ただ売るよりも利益を増やしているということだ。
それを聞いた私の感想は、アベルは思った通り、やり手の商人であり、そしてお金儲けが好きなんだろうな、ということだった。
人の商売にとやかく口を出す気はないのだけれど、私は困っている人がいたら誰にでも格安で売ってしまいそうだ。
『アベル、逆に申し訳ないことをしたかな? あれだけ頑張ったけれど、昨日買ったお皿は小さいの一つだけだったし、売り物になるほどいっぱい作れるわけじゃないのでしょう?』
私はいつも通り右肩に居るエアに向かって、声に出さずに問いかける。
アベルが居るから声を出したらきっと不思議がるだろう。
聖女の話はこの前話したけれど、姿を見ることのできないエアについては説明も難しかったためまだ内緒にしている。
嘘をつくのと、言わないのだと雲泥の差で、もともと見えないエアのことを黙っている分には、特に心は痛まなかった。
『えーっと。まぁ、あれでいいんじゃない? 元気になったみたいだし。別に嘘は言っていないし。僕は黙って成り行きを見守ることに決めたよ』
エアはなぜか呆れたような口調でそう言った。
☆
「約束どおり来たけど、今大丈夫かな?」
「うん! 準備できているよ。入って」
夕方になって部屋の扉を叩く音が聞こえ、アベルが私に問いかける。
すでにプレゼントの用意は済んでいたので、私は扉を開けて、アベルを部屋の中へと招き入れた。
「えーっと、それで。俺に渡したいものって何かな? いきなりで悪いけど、今日一日中そればかりが気になってて」
「え? あ、なんかそれは逆に悪いことしちゃったね。本当に大したものじゃないんだけどね」
そういうと私は机の上に置いてあったプレゼントを手に取り、アベルに渡す。
アベルはまじまじと受け取ったものを見つめていた。
「ありがとう……えーっと、ごめん。これは……キャンドル?」
「うん。そう! でもね、ただのキャンドルじゃなくて、寝るのを助けてくれる錬金術を組み込んだキャンドルだよ」
アベルの手には、皿の上に載った素材に使った花と同じ紫色をした子供の拳くらいの大きさのキャンドルがある。
エアの言う通りかなり作るのが難しかったけれど、なんとか作り上げることができてほっとしている。
特に水に溶かした花の液を、火の精霊の力で熱し、空中に浮かんだものを風の精霊の力で集め、水の精霊の力で冷やし再び液体に戻す作業。
エアは蒸留と呼んでいたけれど、その作業は巧みに精霊力を使い分ける集中力が必要で、成功するまでに時間がかかった。
その液体を動物の脂などを原料にした蝋に混ぜ込み固め、最後に睡眠を助ける効果を持った精霊力を注入して完成だ。
ただ、エアが言うにはこのキャンドルを燃やすときには、受け皿もきちんと処理をしたものを使わないと大変なことになるらしい。
どうなるか具体的なことは聞かなかったけれど、私は事前に買っておいたお皿にエアの指示に従って作った薬を塗って、こちらにも精霊力を注いでおいた。
この皿の上で使えば問題ないらしい。
「えーっとね。カリナに聞いたんだけれど、アベルが最近ちゃんと眠れないって。こんなにお世話になってるから何かお返しできないかなって考えていたの。それでね。そのキャンドルを使ってみて。きっとぐっすり眠れるよ!」
「まさか、そんなものを用意してくれているなんて……ありがとう! 早速だけど、使い方を聞いていいかな?」
「喜んでもらえてたみたいで嬉しいよ。でも、ありがとうは効果が現れてからがいいかもね。私も実は作るのはこれが初めてだし」
「ううん。エリスが俺のことを想ってくれて、こんな素敵なプレゼントをくれただけで十分! 本当にありがとう!」
そう言いながらアベルは満面の笑みを私に向ける。
顔立ちの良いアベルにこんな笑顔を向けられて、嫌な思いをする女性は多くないだろう。
かく言う私も、素敵だと思ってしまう。
「あ、それで使い方なんだけれど。すごく簡単で、このキャンドルに火を点けて、その炎を眺めながら、匂いを嗅ぐだけ」
「炎を眺めながら、匂いを嗅ぐんだね。分かった。試しにやってみてもいいかな?」
そう言うとアベルは机の上にキャンドルを置いて、椅子に座って火を点けた。
キャンドルの芯に赤々と燃える炎が灯る。
それをアベルはじっと見つめていた。
辺りに豊潤な匂いが立ち込める。
蒸留という作業をしたおかげか、少しトゲのあった部分は消え失せ、心を落ち着かせる匂いが辺りに漂う。
「良い匂いでしょう?」
そう問いかけた私は驚いて目を見開いてしまった。
たった今点けたばかりだというのに、アベルは椅子に腰掛けたまま、深い眠りへと誘われてしまったらしい。
慌てて、揺すったり声をかけてみるものの、起きる気配は一向にない。
本来の目的は見事達成されたにも関わらず、私は一人唸ってしまった。
「ちょっと、エア。このキャンドル、効果あり過ぎじゃない!?」
昨日、作業の途中で疲れ果てて寝てしまった私は、身体を起こして一度大きく伸びをする。
最近あまり身体を動かすことがなかったせいか、すぐに眠りに落ち、そして目覚めは快適だ。
朝の支度をするために共同の水場へと向かう。
昨日早く寝たおかげで、まだ外は薄暗い。
「それにしても屋敷内に水が取れる場所があるなんて、凄いわよねぇ」
そう独り言を言いながら、ポンプのレバーを操作し、桶に水を汲む。
村にいた時は、村の中央にある一つしかない地下水を汲み上げる井戸を村中の人が共同で使っていた。
買い物やお菓子を食べに外に出かける機会があったけれど、街の大きさのおかげか、はたまた国自体の文明が栄えているのか、私の常識が成り立たないことがしばしばある。
そんなことを思いながら、汲み上げた水を使い顔を洗う。
「ずいぶん早いんだな。エリスも眠れなくて起きたのか?」
朝が早いせいでまだ誰もいなかった水場に、突如知っている声がした。
振り返るとあくびをしながらこちらに近付いてくるアベルが見えた。
少し乱れた髪の毛のせいで、寝起きだということが分かるけれど、まぶたは重そうで、何度も噛み殺しきれないあくびを繰り返している。
どうやら眠りに問題があるというカリナの言葉は本当のようだ。
「おはよう。ううん。昨日ちょっとした作業のおかげで早く寝ちゃって。今起きたけど、気分は爽快だよ」
「そりゃあいいな。ここ最近忙しくて寝るのが遅くなってしまっているんだが、こうやって早くに目が覚めてしまってな。おかげでしばらくはあくびが止まらない」
「うーん。眠れないなんて辛いよね。あ、そうだ。今日の夕方、時間がある時でいいから会えるかな? 渡したいものがあるんだけど」
「渡したいもの? 俺に? なんだ、なんだ? 気になるな」
アベルは重そうだったまぶたをめいっぱい上に押し上げて、突然覚醒したように私を見つめる。
「うふふ。大したものじゃないけどね。中身は渡してからのお楽しみ。あ、期待してたら申し訳ないけど、売り物とか商売の話じゃないんだ。ごめんね?」
「売り物じゃないってことは、俺個人に何かくれるってことか? そりゃあ楽しみだな!」
私の言葉になぜかさっきまでの眠気が吹っ飛んだかのように、目を爛々とさせたアベルを見つける。
商売ではないと言ったけれど、頭の中では私が思いもよらないような計算をしているのかもしれない。
「うん。ほんと、アベルのために作ったものだから。お金にならない話でごめんね? それで、どうすればいいかな?」
「いや! エリスが俺のために何かを作ってくれたなんて。すごく嬉しいよ! じゃあ、夕食が終わったら俺がエリスの部屋に行くでいいかな?」
あまり期待されてもアレなので、念押ししたけれどダメだったようだ。
言えば言うほどアベルは元気になっていくので、今頃頭の中ではうまく商売に繋げる方法を考えているに違いない。
お菓子を食べながらカリナから聞いた話によると、この前作った薬を、アベルはかなり有効利用したようだ。
いくら数を作ったとは言え、大々的に売るにしては数も多くない薬をアベルは単なる商品としてではなく、交渉の切り札とした。
骨折ほどの大怪我ですら一気に治癒させる薬。
それを買う権利を与えるために、他の商売の契約を有利に進めたのだという。
商売のことは詳しく分からないけれど、一度売ればお終いの薬を、継続的な収入が得られるものに変えた、ということらしい。
もちろん権利を与えた大口の顧客に、薬自体も適正な値段で売っているわけだから、ただ売るよりも利益を増やしているということだ。
それを聞いた私の感想は、アベルは思った通り、やり手の商人であり、そしてお金儲けが好きなんだろうな、ということだった。
人の商売にとやかく口を出す気はないのだけれど、私は困っている人がいたら誰にでも格安で売ってしまいそうだ。
『アベル、逆に申し訳ないことをしたかな? あれだけ頑張ったけれど、昨日買ったお皿は小さいの一つだけだったし、売り物になるほどいっぱい作れるわけじゃないのでしょう?』
私はいつも通り右肩に居るエアに向かって、声に出さずに問いかける。
アベルが居るから声を出したらきっと不思議がるだろう。
聖女の話はこの前話したけれど、姿を見ることのできないエアについては説明も難しかったためまだ内緒にしている。
嘘をつくのと、言わないのだと雲泥の差で、もともと見えないエアのことを黙っている分には、特に心は痛まなかった。
『えーっと。まぁ、あれでいいんじゃない? 元気になったみたいだし。別に嘘は言っていないし。僕は黙って成り行きを見守ることに決めたよ』
エアはなぜか呆れたような口調でそう言った。
☆
「約束どおり来たけど、今大丈夫かな?」
「うん! 準備できているよ。入って」
夕方になって部屋の扉を叩く音が聞こえ、アベルが私に問いかける。
すでにプレゼントの用意は済んでいたので、私は扉を開けて、アベルを部屋の中へと招き入れた。
「えーっと、それで。俺に渡したいものって何かな? いきなりで悪いけど、今日一日中そればかりが気になってて」
「え? あ、なんかそれは逆に悪いことしちゃったね。本当に大したものじゃないんだけどね」
そういうと私は机の上に置いてあったプレゼントを手に取り、アベルに渡す。
アベルはまじまじと受け取ったものを見つめていた。
「ありがとう……えーっと、ごめん。これは……キャンドル?」
「うん。そう! でもね、ただのキャンドルじゃなくて、寝るのを助けてくれる錬金術を組み込んだキャンドルだよ」
アベルの手には、皿の上に載った素材に使った花と同じ紫色をした子供の拳くらいの大きさのキャンドルがある。
エアの言う通りかなり作るのが難しかったけれど、なんとか作り上げることができてほっとしている。
特に水に溶かした花の液を、火の精霊の力で熱し、空中に浮かんだものを風の精霊の力で集め、水の精霊の力で冷やし再び液体に戻す作業。
エアは蒸留と呼んでいたけれど、その作業は巧みに精霊力を使い分ける集中力が必要で、成功するまでに時間がかかった。
その液体を動物の脂などを原料にした蝋に混ぜ込み固め、最後に睡眠を助ける効果を持った精霊力を注入して完成だ。
ただ、エアが言うにはこのキャンドルを燃やすときには、受け皿もきちんと処理をしたものを使わないと大変なことになるらしい。
どうなるか具体的なことは聞かなかったけれど、私は事前に買っておいたお皿にエアの指示に従って作った薬を塗って、こちらにも精霊力を注いでおいた。
この皿の上で使えば問題ないらしい。
「えーっとね。カリナに聞いたんだけれど、アベルが最近ちゃんと眠れないって。こんなにお世話になってるから何かお返しできないかなって考えていたの。それでね。そのキャンドルを使ってみて。きっとぐっすり眠れるよ!」
「まさか、そんなものを用意してくれているなんて……ありがとう! 早速だけど、使い方を聞いていいかな?」
「喜んでもらえてたみたいで嬉しいよ。でも、ありがとうは効果が現れてからがいいかもね。私も実は作るのはこれが初めてだし」
「ううん。エリスが俺のことを想ってくれて、こんな素敵なプレゼントをくれただけで十分! 本当にありがとう!」
そう言いながらアベルは満面の笑みを私に向ける。
顔立ちの良いアベルにこんな笑顔を向けられて、嫌な思いをする女性は多くないだろう。
かく言う私も、素敵だと思ってしまう。
「あ、それで使い方なんだけれど。すごく簡単で、このキャンドルに火を点けて、その炎を眺めながら、匂いを嗅ぐだけ」
「炎を眺めながら、匂いを嗅ぐんだね。分かった。試しにやってみてもいいかな?」
そう言うとアベルは机の上にキャンドルを置いて、椅子に座って火を点けた。
キャンドルの芯に赤々と燃える炎が灯る。
それをアベルはじっと見つめていた。
辺りに豊潤な匂いが立ち込める。
蒸留という作業をしたおかげか、少しトゲのあった部分は消え失せ、心を落ち着かせる匂いが辺りに漂う。
「良い匂いでしょう?」
そう問いかけた私は驚いて目を見開いてしまった。
たった今点けたばかりだというのに、アベルは椅子に腰掛けたまま、深い眠りへと誘われてしまったらしい。
慌てて、揺すったり声をかけてみるものの、起きる気配は一向にない。
本来の目的は見事達成されたにも関わらず、私は一人唸ってしまった。
「ちょっと、エア。このキャンドル、効果あり過ぎじゃない!?」