《書籍化》国を追放された【聖女】は、隣国で天才【錬金術師】として暮らしていくようです
第16話【引越し】
「さてっと。掃除はこれくらいでいいかしら?」
「うん。いいんじゃないかな。来た時よりもずっと綺麗だよ。それにしても……本当に大丈夫なのかい? 一人でやっていくなんて」
「うん! 初めはエアに頼ることになっちゃうけど、錬金術師としてやっていくなら、アベルも応援できるって言ってくれたし」
「まぁ、そりゃあね。エリスが作ったものを売ったら、彼もそりゃあ喜ぶだろうさ」
私は新しくすることになった部屋の片付けを終え、一休みに腰を下ろした。
エアはこうは言っているけれど、引越しに賛成してくれた。
大変だったのはむしろアベルだ。
私が屋敷から出ていくのを決めたことを伝えた途端、凄い取り乱しようだった。
『ここから出ていくって!? どうしてだ! 何かここの暮らしに問題があったかい!? 言ってくれればすぐに対策を打つよ!』
こう迫ったアベルに、私は落ち着いて聞いてほしいと伝えてから説明をした。
『ううん。そうじゃないの。ここの生活は素敵よ。今まで生きてきた中で一番。でもね、いつまでもアベルのお世話になりっぱなしじゃいけないと思ったの』
『どういうことだい?』
『私はね、アベルと恋がしたい。でも、今のままでは私はあなたなしでは生きていけない。だって、生活の糧がないんですもの。そうじゃなくて、きちんと自立して、そしてあなたと向き合いたいと思ったの』
『そ、それは……でも! ここに暮らしたままでも! ――』
なんとか引き留めようとするアベルをなんとかなだめた。
そして私は以前アベルに薬の代金としてもらったお金を使い、アベルの屋敷の近くにあった空き家を借りたのだ。
「それにしても、良かったね。前に住んでた人が色々置いていってくれたみたいで、買い出しはそんなにかからなそう」
「そうだね。まぁ、さすがにシーツは新調しようね。言わないとエリスだったらそのまま寝ちゃいそうだ」
「ちょっと。いくら私でもそんなことはしないわよ!」
「あはは。それで、今から買い出しに行く? 早く行かないと遅くなっちゃうよ」
休憩したのも束の間。
エアの言う通り、そろそろ出かけないと日が落ちてしまいそうだ。
幸いこれまでにカリナに連れられて街の中を色々と歩いていたので、目的のものがどの辺りにあるかは大体分かる。
私は立ち上がると、早速買い出しに出掛けた。
私が借りた家から屋敷と反対に歩くと、様々な商店が立ち並ぶ広場に出る。
広場では店を持たない露天商なども多く居て、草で編んだ敷物の上に商品を並べ、行き交う人に声をかけている。
様々な話し声が飛び交う中、私は物珍しい気持ちで歩いていた。
その中の露店の一つの前で私は足を止める。
何故だかそこに置かれた品の一つに興味を惹かれた私は、商品の並ぶ敷物の前にしゃがむ。
耳に入ってきた言葉も妙に気になった。
男性の前には様々な手作りの工芸品が並べられている。
「いらっしゃい! どうだいこれ。綺麗だろ? 自慢じゃないがね。ここにあるのはどれも一級品だよ! 綺麗なお嬢さんにはぴったりだ!」
そう言いながら男性は様々な工芸品を指差し、これがどれだけ凄い品なのかを饒舌に語った。
だけど、私が気になったのは、綺麗な工芸品たちではなく、隅の方にポツンと置かれていた真っ黒でゴツゴツとした石だった。
「ねぇ。おじさん。この黒い石はなに?」
「ん? ああ。これかい? なんだか分からないけど、うちの死んだ親父が大事にしていた石でね。なんでも昔の偉い錬金術師が作った魔法の石、だなんて言ってたんだけど」
「魔法の石?」
「ああ。なんでもそこらへんの宝石なんかよりずっと価値のある石なんだって。売れるんだったらと並べてるんだよ。俺には価値はさっぱりだけどな」
私は許可をもらって、その石を手に取ってみる。
触るとザラザラする感触で、とても宝石のように装飾品としての価値があるようには思えなかった。
だけど、男性の父親が言う魔法の石、錬金術が関係しているものだと言うのは感覚で分かった。
ただ、どのようなものなのかは、残念ながら分からない。
『ねぇ、エア。これ、本物だと思うんだけど、どういうものなの? 教えてくれる?』
『珍しいものを見つけたね。これは【浄化石】さ』
『浄化石?』
『これを汚れた水に沈めておくとね。あら不思議。飲める水に変わるのさ』
エアから聞いた話を頭の中で反芻する。
もし本当にそんな効果があるなら、確かに宝石なんかよりもずっと高価なものだ。
『ただね。作られたのがずいぶん昔みたいだ。込められた精霊力が尽きてるね。これじゃあ、ただの黒い石だよ』
『それじゃあ、私がこれに精霊力を込めれば、また使えるようになるってこと?』
『そりゃあね。なに? エリス、そんなこと知ってどうするのさ』
『もちろん。こうするの』
私は手に持った黒い石に意識を向ける。
そして精霊力を石に込めるように念じた。
淡い光が石を包み、やがて石に溶け込むように消えていく。
男性はその様子を訝しげに見つめていた。
「ありがとう。はい、これ。ところでおじさん。村に帰って、井戸にこの石を沈めてみて。きっと助かるから」
「なんだって? なんだい急に。こんな黒い石を井戸に投げ入れてなんになるってんだ。お嬢さん。冷やかしなら帰っておくれ。俺は少しでも金を稼いで、村に飲み水を買って帰らなくちゃいけないんだ」
先ほど男性が別の人と話していたこと。
それは、住む村の井戸が濁り、飲み水の確保が難しくなってしまった、というものだった。
ここに並べられている品も、飲み水を買う足しになればと、村の人たち総出で作ったものらしい。
「えーっと、口で説明するより、見てもらった方が早いと思うの。ねぇ、もう一度その石借りるね」
「あ、ちょっと。おい! なにする気だ!」
私は浄化石を持ち上げると、隣にあった木を彫って作られた器も借りて、地面にできた水溜りをすくった。
そして、濁った泥水の中に浄化石を入れる。
すると石が輝きを放ち、一瞬にしてさっきまで濁っていた泥水が、澄んだ透明な水へと変わっていた。
私はにっこりと笑ってそれを男性に見せる。
男性は驚きのあまり立ち尽くし口を開けたまま、何も言えずに私の持つ綺麗な水の入った器と、私の顔を交互に見つめていた。
「うん。いいんじゃないかな。来た時よりもずっと綺麗だよ。それにしても……本当に大丈夫なのかい? 一人でやっていくなんて」
「うん! 初めはエアに頼ることになっちゃうけど、錬金術師としてやっていくなら、アベルも応援できるって言ってくれたし」
「まぁ、そりゃあね。エリスが作ったものを売ったら、彼もそりゃあ喜ぶだろうさ」
私は新しくすることになった部屋の片付けを終え、一休みに腰を下ろした。
エアはこうは言っているけれど、引越しに賛成してくれた。
大変だったのはむしろアベルだ。
私が屋敷から出ていくのを決めたことを伝えた途端、凄い取り乱しようだった。
『ここから出ていくって!? どうしてだ! 何かここの暮らしに問題があったかい!? 言ってくれればすぐに対策を打つよ!』
こう迫ったアベルに、私は落ち着いて聞いてほしいと伝えてから説明をした。
『ううん。そうじゃないの。ここの生活は素敵よ。今まで生きてきた中で一番。でもね、いつまでもアベルのお世話になりっぱなしじゃいけないと思ったの』
『どういうことだい?』
『私はね、アベルと恋がしたい。でも、今のままでは私はあなたなしでは生きていけない。だって、生活の糧がないんですもの。そうじゃなくて、きちんと自立して、そしてあなたと向き合いたいと思ったの』
『そ、それは……でも! ここに暮らしたままでも! ――』
なんとか引き留めようとするアベルをなんとかなだめた。
そして私は以前アベルに薬の代金としてもらったお金を使い、アベルの屋敷の近くにあった空き家を借りたのだ。
「それにしても、良かったね。前に住んでた人が色々置いていってくれたみたいで、買い出しはそんなにかからなそう」
「そうだね。まぁ、さすがにシーツは新調しようね。言わないとエリスだったらそのまま寝ちゃいそうだ」
「ちょっと。いくら私でもそんなことはしないわよ!」
「あはは。それで、今から買い出しに行く? 早く行かないと遅くなっちゃうよ」
休憩したのも束の間。
エアの言う通り、そろそろ出かけないと日が落ちてしまいそうだ。
幸いこれまでにカリナに連れられて街の中を色々と歩いていたので、目的のものがどの辺りにあるかは大体分かる。
私は立ち上がると、早速買い出しに出掛けた。
私が借りた家から屋敷と反対に歩くと、様々な商店が立ち並ぶ広場に出る。
広場では店を持たない露天商なども多く居て、草で編んだ敷物の上に商品を並べ、行き交う人に声をかけている。
様々な話し声が飛び交う中、私は物珍しい気持ちで歩いていた。
その中の露店の一つの前で私は足を止める。
何故だかそこに置かれた品の一つに興味を惹かれた私は、商品の並ぶ敷物の前にしゃがむ。
耳に入ってきた言葉も妙に気になった。
男性の前には様々な手作りの工芸品が並べられている。
「いらっしゃい! どうだいこれ。綺麗だろ? 自慢じゃないがね。ここにあるのはどれも一級品だよ! 綺麗なお嬢さんにはぴったりだ!」
そう言いながら男性は様々な工芸品を指差し、これがどれだけ凄い品なのかを饒舌に語った。
だけど、私が気になったのは、綺麗な工芸品たちではなく、隅の方にポツンと置かれていた真っ黒でゴツゴツとした石だった。
「ねぇ。おじさん。この黒い石はなに?」
「ん? ああ。これかい? なんだか分からないけど、うちの死んだ親父が大事にしていた石でね。なんでも昔の偉い錬金術師が作った魔法の石、だなんて言ってたんだけど」
「魔法の石?」
「ああ。なんでもそこらへんの宝石なんかよりずっと価値のある石なんだって。売れるんだったらと並べてるんだよ。俺には価値はさっぱりだけどな」
私は許可をもらって、その石を手に取ってみる。
触るとザラザラする感触で、とても宝石のように装飾品としての価値があるようには思えなかった。
だけど、男性の父親が言う魔法の石、錬金術が関係しているものだと言うのは感覚で分かった。
ただ、どのようなものなのかは、残念ながら分からない。
『ねぇ、エア。これ、本物だと思うんだけど、どういうものなの? 教えてくれる?』
『珍しいものを見つけたね。これは【浄化石】さ』
『浄化石?』
『これを汚れた水に沈めておくとね。あら不思議。飲める水に変わるのさ』
エアから聞いた話を頭の中で反芻する。
もし本当にそんな効果があるなら、確かに宝石なんかよりもずっと高価なものだ。
『ただね。作られたのがずいぶん昔みたいだ。込められた精霊力が尽きてるね。これじゃあ、ただの黒い石だよ』
『それじゃあ、私がこれに精霊力を込めれば、また使えるようになるってこと?』
『そりゃあね。なに? エリス、そんなこと知ってどうするのさ』
『もちろん。こうするの』
私は手に持った黒い石に意識を向ける。
そして精霊力を石に込めるように念じた。
淡い光が石を包み、やがて石に溶け込むように消えていく。
男性はその様子を訝しげに見つめていた。
「ありがとう。はい、これ。ところでおじさん。村に帰って、井戸にこの石を沈めてみて。きっと助かるから」
「なんだって? なんだい急に。こんな黒い石を井戸に投げ入れてなんになるってんだ。お嬢さん。冷やかしなら帰っておくれ。俺は少しでも金を稼いで、村に飲み水を買って帰らなくちゃいけないんだ」
先ほど男性が別の人と話していたこと。
それは、住む村の井戸が濁り、飲み水の確保が難しくなってしまった、というものだった。
ここに並べられている品も、飲み水を買う足しになればと、村の人たち総出で作ったものらしい。
「えーっと、口で説明するより、見てもらった方が早いと思うの。ねぇ、もう一度その石借りるね」
「あ、ちょっと。おい! なにする気だ!」
私は浄化石を持ち上げると、隣にあった木を彫って作られた器も借りて、地面にできた水溜りをすくった。
そして、濁った泥水の中に浄化石を入れる。
すると石が輝きを放ち、一瞬にしてさっきまで濁っていた泥水が、澄んだ透明な水へと変わっていた。
私はにっこりと笑ってそれを男性に見せる。
男性は驚きのあまり立ち尽くし口を開けたまま、何も言えずに私の持つ綺麗な水の入った器と、私の顔を交互に見つめていた。