《書籍化》国を追放された【聖女】は、隣国で天才【錬金術師】として暮らしていくようです
第5話【薬作り】
「で。お願い、エア。錬金術について教えて!」
誰も居なくなった部屋で、私は自分の右肩にいるエアに向かって懇願する。
ちなみにエアは聞かれたこと全部に答えるわけでもない。
「うーん。ちょっと質問が漠然としすぎてるなぁ。それじゃあ教えられないね。もっと、絞った質問をしてごらん」
こうやって、答えをはぐらかすこともしばしばだ。
私は知恵を絞って答えてくれそうな質問を考える。
もし失敗すれば、私は嘘つきになり、せっかく好意を見せてくれたアベルに対して申し開きが立たなくなる。
最低限自分の嘘を嘘ではなくする答えが必要だ。
「じゃあ、薬の作り方……ううん。回復薬の作り方を、私でもできる簡単な作り方のものを教えて。錬金術かどうかは関係なく」
「ふーん? エリスでも作れるねぇ……なかなかいいところ言うじゃないか。いいよ。教えてあげる」
「ほんと!? やった!」
「じゃあ、今から言うものをカリナって子に頼んでね。一度しか言わないよ」
私は慌ててなにか書くものを探した。
しかし、エアはそんなことは気にせず、どんどん必要なものを口にしていく。
しょうがない。
これでも記憶力だけは自信があるから、全部頭の中に入れてしまおう。
「これで全部だよ。じゃあ、きちんと揃えてね」
「うん……多分、大丈夫。忘れないうちに……このベルを鳴らせばいいのよね?」
ベルを振りしばらく待つ。
その間に改めて部屋の調度品に目を向ける。
今座っているのは身体が沈み込むほど柔らかなベッドの端。
私が三人くらい手足をめいっぱい伸ばして寝ても寝られるくらいの広さだ。
その他にも明らかに高そうな椅子や机、更に一面の壁は横開きの扉になっていて、中に衣類を掛ける場所が隠れている。
床に敷かれた絨毯も素足で踏んだ方が良いのかと思えるくらい柔らかだ。
ふと部屋の片隅に見たことも無いものを見つけ、私は近付いてみた。
私の背と同じくらいの高さの板の片面は、まるで水面が張り付いているようで、私の姿を綺麗に映し出していた。
長く伸ばした白髪に手をやると、板に張り付いた水面の中の自分も同じ動きを見せる。
今は王都で与えられたままの白いドレスを着ているけれど、村で着ていた普段着だったらアベルたちはどう思っただろうか。
自分の瞳を見つめる。
銀色と言うべき白く輝く虹彩。
髪の色と合わせて自分と同じ色は見た事がない。
記憶に残る両親の髪の毛と瞳の色を思い浮かべ、どちらにも似ていないと改めて認識する。
「私は……どこから来たの……?」
そう呟きながらゆっくりと水面に映る自分の目に右手の指を近付ける。
指が触れた瞬間、カリナの声に慌てて振り向く。
「姿見を見るのは初めてですか? すいません。気を散らしてしまいまして。お呼びでしょうか?」
「あ、ああ。うん。えーっと、早速今から言うものを揃えて欲しくて!」
カリナは頷くと、エプロンのポケットの中から束ねた紙と炭筆を取り出す。
私が覚えた素材と、器具を一つ一つ間違えないように書き留めていった。
「これならすぐに用意できると思います。少々お待ちいただけますか? 揃い次第伺いますので」
「うん。待ってるね」
『よく覚えてたな』
『もう! そんなこと言うなら、もうちょっと気を利かせてよね!』
エアの褒め言葉ともバカにしているとも取れる言葉に突っ込みを入れつつ、私はカリナが戻ってくるのを待っていた。
☆
しばらくしてカリナともう一人、男性が大きな荷物を抱えて戻ってきた。
どうやら男性は荷物持ちの役目らしい。
「それじゃあ、そこの机に並べてちょうだい、エドワード。丁寧にね」
「はい。カリナ様」
カリナを様付けして呼んでいるところを見ると、下男か何かだろうか。
侍女の下にも人が居るなんて、この屋敷の規模は本当に計り知れない。
「こちらでお間違いありませんか?」
「え? あ、うん。大丈夫。ありがとう!」
正直、エアから聞いただけの私に、合っているかどうかなんて分かるわけが無い。
適当に答えると、カリナはにっこりと笑って一度頭を下げ、エドワードと一緒に部屋を出ていった。
「さて、と」
「じゃあ、早速始めるかい?」
エアがそう言う。
もちろんだ。
「うん。なんか、いっぱい器具があるけれど、使い方が全然分からないわ」
「あー、それは覚えなくていいよ。どうせ使わないから」
「え!?」
「言っただろう。エリスにも作れるって。エリスは薬作りに必要な器具の使い方を知らない。だからそれは使わない」
意味が分からない。
ではなんのために揃えてもらったというのか。
「だからさ。フリをするんでしょ? 薬師の。何も無いのに薬作り出したら変だってバレちゃうじゃん」
「あ、確かに」
「じゃあ、行くよ。まずはそのマスロー草を持って、この器に置いて」
「これのこと?」
私は指示された青々とした細長い緑色の草を器に載せた。
「さて、エリスは【元質】っていうのを知っているかな?」
「元質? 何それ。元素とは違うの?」
「元素っていうのは精霊、つまり僕らのことだけど、元質っていうのはあらゆるものが持つ、僕らの力、つまり精霊力を蓄えることの出来る器の役目をするものだね」
「それじゃあ、私は元質が大きいってこと?」
薬作りを教わるはずが何故か精霊の話になり、私は首を傾げる。
「例えばこの草には風の元質が多く含まれている。でもこのままだと上手く使えない。そこでね。まず手を当てて、精霊力で乾燥させてあげて」
「精霊力で乾燥?」
「まぁ、始めは難しいことは考えずに。手を当てて、精霊力を注入しながらこの草を乾かすことを考えればいいよ。僕がサポートするから」
「分かったよ。やってみる」
言われた通り、この草を干し草にするイメージを持ちながら、精霊力を草に注いだ。
すると、みるみるうちに草は萎んでいき、カサカサになっていく。
ふとエアを見ると、緑色に変わっていた。
「うん。いい感じ。じゃあ、これをさらに粉砕してみようか。粉々にするイメージを持ちながら同じように精霊力を注いで」
「粉々? こ、こうかな?」
再び同じことを繰り返す。
すると言われた通り、今度は乾いた草が細かな粉末状に砕けていった。
今度はエアの色は黄色になっていた。
「うん。今度は抽出をするよ。液体をイメージして。それを器の中に満たすつもりで」
「分かった」
液体、漠然と水のようなものを想像して器の中にそれが満たされた所を想像する。
すると不思議なことに粉の周りが湿り始め、やがて器いっぱいに透明な液体が満たされた。
「うん。いい感じ。さて、次はこっちのナブラの実を使うよ。これは圧搾するからね」
「圧搾? 何それ」
「簡単に言うと、ギュッと搾るってこと」
「分かった。絞ればいいのね。って、それも精霊力で?」
「もちろん。元質は簡単に壊れたり変性したりしちゃうからね。精霊力を使って、処理してあげないときちんと集められないのさ」
「うーん。全然よく分からないけど、ひとまず絞ればいいのね」
先程の液体が入った器の上で、手に乗せた青い実を握る。
精霊力を注いで搾り出すイメージを持つと、手の中から、青色のサラサラとした液体が滴り落ちていく。
透明だった液体は、緑色に変わっていて、ナブラの実の青い汁が混ざると、淡い水色に色を変えた。
「うん。初めてにしては上出来。まぁ、僕のおかげだけどね。あとはこれを煮詰める。このままじゃあ、薄すぎるからね」
「煮詰める? もう、どうせそれも精霊力でよね」
ご名答、というようにエアは一度クチバシを下げた。
器になみなみと注がれている淡い水色の液体に手を向け、私は精霊力を使い煮詰めていく。
体積が徐々に減っていき、やがてさっきより色が濃くなった水色の液体が出来た。
これで終わりだろうか。
「それじゃあ、仕上げに、いつもエリスが精霊力を使う時みたいに、傷を治すことを思い浮かべながら、その液体に精霊力を注いで」
「え? 終わりじゃないんだ。でもこの液体の傷を治すってどういうこと?」
「錬金術ってのはね。まぁ、それだけじゃないけれど、元質を適切な方法で取り出して、それを混ぜ合わせることで、ある性質を持てるような薬などを作ることを言うんだ」
「うーん。難しいけれど、それで?」
「今エリスが作ったのは、簡単な傷を治す効果を持つことが出来る、そういう薬だね。でもそれだけじゃただの器」
「あ、なるほど!」
つまりこの液体は私が注ぐ精霊力を蓄えることの出来る器だ。
納得して、言われた通りに今作ったばかりの液体に精霊力を注ぐ。
すると水色の液体は柔らかな光を放つようになった。
こうして、私の初めての薬作りは幕を閉じた。
誰も居なくなった部屋で、私は自分の右肩にいるエアに向かって懇願する。
ちなみにエアは聞かれたこと全部に答えるわけでもない。
「うーん。ちょっと質問が漠然としすぎてるなぁ。それじゃあ教えられないね。もっと、絞った質問をしてごらん」
こうやって、答えをはぐらかすこともしばしばだ。
私は知恵を絞って答えてくれそうな質問を考える。
もし失敗すれば、私は嘘つきになり、せっかく好意を見せてくれたアベルに対して申し開きが立たなくなる。
最低限自分の嘘を嘘ではなくする答えが必要だ。
「じゃあ、薬の作り方……ううん。回復薬の作り方を、私でもできる簡単な作り方のものを教えて。錬金術かどうかは関係なく」
「ふーん? エリスでも作れるねぇ……なかなかいいところ言うじゃないか。いいよ。教えてあげる」
「ほんと!? やった!」
「じゃあ、今から言うものをカリナって子に頼んでね。一度しか言わないよ」
私は慌ててなにか書くものを探した。
しかし、エアはそんなことは気にせず、どんどん必要なものを口にしていく。
しょうがない。
これでも記憶力だけは自信があるから、全部頭の中に入れてしまおう。
「これで全部だよ。じゃあ、きちんと揃えてね」
「うん……多分、大丈夫。忘れないうちに……このベルを鳴らせばいいのよね?」
ベルを振りしばらく待つ。
その間に改めて部屋の調度品に目を向ける。
今座っているのは身体が沈み込むほど柔らかなベッドの端。
私が三人くらい手足をめいっぱい伸ばして寝ても寝られるくらいの広さだ。
その他にも明らかに高そうな椅子や机、更に一面の壁は横開きの扉になっていて、中に衣類を掛ける場所が隠れている。
床に敷かれた絨毯も素足で踏んだ方が良いのかと思えるくらい柔らかだ。
ふと部屋の片隅に見たことも無いものを見つけ、私は近付いてみた。
私の背と同じくらいの高さの板の片面は、まるで水面が張り付いているようで、私の姿を綺麗に映し出していた。
長く伸ばした白髪に手をやると、板に張り付いた水面の中の自分も同じ動きを見せる。
今は王都で与えられたままの白いドレスを着ているけれど、村で着ていた普段着だったらアベルたちはどう思っただろうか。
自分の瞳を見つめる。
銀色と言うべき白く輝く虹彩。
髪の色と合わせて自分と同じ色は見た事がない。
記憶に残る両親の髪の毛と瞳の色を思い浮かべ、どちらにも似ていないと改めて認識する。
「私は……どこから来たの……?」
そう呟きながらゆっくりと水面に映る自分の目に右手の指を近付ける。
指が触れた瞬間、カリナの声に慌てて振り向く。
「姿見を見るのは初めてですか? すいません。気を散らしてしまいまして。お呼びでしょうか?」
「あ、ああ。うん。えーっと、早速今から言うものを揃えて欲しくて!」
カリナは頷くと、エプロンのポケットの中から束ねた紙と炭筆を取り出す。
私が覚えた素材と、器具を一つ一つ間違えないように書き留めていった。
「これならすぐに用意できると思います。少々お待ちいただけますか? 揃い次第伺いますので」
「うん。待ってるね」
『よく覚えてたな』
『もう! そんなこと言うなら、もうちょっと気を利かせてよね!』
エアの褒め言葉ともバカにしているとも取れる言葉に突っ込みを入れつつ、私はカリナが戻ってくるのを待っていた。
☆
しばらくしてカリナともう一人、男性が大きな荷物を抱えて戻ってきた。
どうやら男性は荷物持ちの役目らしい。
「それじゃあ、そこの机に並べてちょうだい、エドワード。丁寧にね」
「はい。カリナ様」
カリナを様付けして呼んでいるところを見ると、下男か何かだろうか。
侍女の下にも人が居るなんて、この屋敷の規模は本当に計り知れない。
「こちらでお間違いありませんか?」
「え? あ、うん。大丈夫。ありがとう!」
正直、エアから聞いただけの私に、合っているかどうかなんて分かるわけが無い。
適当に答えると、カリナはにっこりと笑って一度頭を下げ、エドワードと一緒に部屋を出ていった。
「さて、と」
「じゃあ、早速始めるかい?」
エアがそう言う。
もちろんだ。
「うん。なんか、いっぱい器具があるけれど、使い方が全然分からないわ」
「あー、それは覚えなくていいよ。どうせ使わないから」
「え!?」
「言っただろう。エリスにも作れるって。エリスは薬作りに必要な器具の使い方を知らない。だからそれは使わない」
意味が分からない。
ではなんのために揃えてもらったというのか。
「だからさ。フリをするんでしょ? 薬師の。何も無いのに薬作り出したら変だってバレちゃうじゃん」
「あ、確かに」
「じゃあ、行くよ。まずはそのマスロー草を持って、この器に置いて」
「これのこと?」
私は指示された青々とした細長い緑色の草を器に載せた。
「さて、エリスは【元質】っていうのを知っているかな?」
「元質? 何それ。元素とは違うの?」
「元素っていうのは精霊、つまり僕らのことだけど、元質っていうのはあらゆるものが持つ、僕らの力、つまり精霊力を蓄えることの出来る器の役目をするものだね」
「それじゃあ、私は元質が大きいってこと?」
薬作りを教わるはずが何故か精霊の話になり、私は首を傾げる。
「例えばこの草には風の元質が多く含まれている。でもこのままだと上手く使えない。そこでね。まず手を当てて、精霊力で乾燥させてあげて」
「精霊力で乾燥?」
「まぁ、始めは難しいことは考えずに。手を当てて、精霊力を注入しながらこの草を乾かすことを考えればいいよ。僕がサポートするから」
「分かったよ。やってみる」
言われた通り、この草を干し草にするイメージを持ちながら、精霊力を草に注いだ。
すると、みるみるうちに草は萎んでいき、カサカサになっていく。
ふとエアを見ると、緑色に変わっていた。
「うん。いい感じ。じゃあ、これをさらに粉砕してみようか。粉々にするイメージを持ちながら同じように精霊力を注いで」
「粉々? こ、こうかな?」
再び同じことを繰り返す。
すると言われた通り、今度は乾いた草が細かな粉末状に砕けていった。
今度はエアの色は黄色になっていた。
「うん。今度は抽出をするよ。液体をイメージして。それを器の中に満たすつもりで」
「分かった」
液体、漠然と水のようなものを想像して器の中にそれが満たされた所を想像する。
すると不思議なことに粉の周りが湿り始め、やがて器いっぱいに透明な液体が満たされた。
「うん。いい感じ。さて、次はこっちのナブラの実を使うよ。これは圧搾するからね」
「圧搾? 何それ」
「簡単に言うと、ギュッと搾るってこと」
「分かった。絞ればいいのね。って、それも精霊力で?」
「もちろん。元質は簡単に壊れたり変性したりしちゃうからね。精霊力を使って、処理してあげないときちんと集められないのさ」
「うーん。全然よく分からないけど、ひとまず絞ればいいのね」
先程の液体が入った器の上で、手に乗せた青い実を握る。
精霊力を注いで搾り出すイメージを持つと、手の中から、青色のサラサラとした液体が滴り落ちていく。
透明だった液体は、緑色に変わっていて、ナブラの実の青い汁が混ざると、淡い水色に色を変えた。
「うん。初めてにしては上出来。まぁ、僕のおかげだけどね。あとはこれを煮詰める。このままじゃあ、薄すぎるからね」
「煮詰める? もう、どうせそれも精霊力でよね」
ご名答、というようにエアは一度クチバシを下げた。
器になみなみと注がれている淡い水色の液体に手を向け、私は精霊力を使い煮詰めていく。
体積が徐々に減っていき、やがてさっきより色が濃くなった水色の液体が出来た。
これで終わりだろうか。
「それじゃあ、仕上げに、いつもエリスが精霊力を使う時みたいに、傷を治すことを思い浮かべながら、その液体に精霊力を注いで」
「え? 終わりじゃないんだ。でもこの液体の傷を治すってどういうこと?」
「錬金術ってのはね。まぁ、それだけじゃないけれど、元質を適切な方法で取り出して、それを混ぜ合わせることで、ある性質を持てるような薬などを作ることを言うんだ」
「うーん。難しいけれど、それで?」
「今エリスが作ったのは、簡単な傷を治す効果を持つことが出来る、そういう薬だね。でもそれだけじゃただの器」
「あ、なるほど!」
つまりこの液体は私が注ぐ精霊力を蓄えることの出来る器だ。
納得して、言われた通りに今作ったばかりの液体に精霊力を注ぐ。
すると水色の液体は柔らかな光を放つようになった。
こうして、私の初めての薬作りは幕を閉じた。