オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
明香が、俺の仕事部屋を訪ねてくるのは、初めてだった。そんな必要がなかったからだ。家にかえれば、いつでも会えたから。

この前あったばかりなのに、明香にもう会えないと思ってた俺は、無意識に一つ、とくんと鼓動が跳ねた。

「……ごめんね、……急に来て。……冬馬と話しがしたくて」

明香が、俺を見上げて、すぐに目を見開いた。

「冬馬……」

口元の傷のことだろう。

「……婚約を機に精算した女から、殴られたってだけ」

明香は、黙ったまま唇を噛み締めていた。

「入れよ」

明香は、黙って部屋に入ると、デスク前のソファーに腰を下ろした。

俺も向かいに座って、ネクタイを緩めた。明香を前にすると、呼吸できているのに、苦しく感じる。 

「話って?」

「……春樹と話したの?」

「何を?」

俺は知らないふりをした。春樹は、明香には、一生言わないと言っていたからだ。

ただ、春樹の何らかの素振りや言葉から、俺と春樹の間で何かあったのではないかと、明香は心配して、教室の昼休みに此処に来たんだろう。

「私と、冬馬のこと」

「……話すわけねぇだろ」

俺は、ポケットからタバコを取り出して火をつけた。

「じゃあ、どうして春樹に殴られたの?」

「さっきも言ったよな、女関係だから、春樹は関係ねぇよ」

「嘘つかないで……」

涙声の明香は、それでも俺の目を真っ直ぐに見つめた。

「春樹も冬馬も、私には何にも言ってくれない。でも、そんなふうに隠されるのも辛いの。だって、元はと言えば私が原因だもん。……私が冬馬の事、……」

「明香!」

肩をびくんと震わせた明香は、ごめん、と小さく呟いた。

「春樹は?なんて言ってた?」

ニコチンを肺に送りながら、俺は何とか冷静を保とうとしていた。

「冬馬には暫く会うなって……やきもち妬くからって。それだけしか言われてない」

「……俺も、明香には、極力もう会わない。それがお互いの為だし、……俺も、芽衣を泣かせたくないから」

明香の瞳から涙が転がった。

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