オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
「冬馬、芽衣さん……のこと、好き?」

俺は、灰皿にタバコの火を押し付けた。

「好きだよ、泣かせたくないし、大切にしてやりたい」  

「素敵な……可愛い(ひと)だもんね……」

明香が、何度も目元を拭う。綺麗な大きな瞳はもう真っ赤だ。 

「明香、もうお互い忘れよう、……俺達は兄妹だから」 

ーーーーどうして俺達は、兄妹なんだろう。

互いの想いはどんなに願ったって永遠に結ばれない。
 

「……分かってる……。春樹が、式を早めたいって言ってるから、また決まったら招待状、春樹から冬馬に渡してもらうね」

「明香との最後の約束は、守ってやるから……」

「うん……」

バージンロードは俺が手を引いてやる。そして、明香を一生かけて、愛してくれる春樹に託すんだ。それが、兄として明香に、してやれる、唯一のことだから。

「綺麗だろうな、花嫁姿……俺は、明香と春樹の幸せだけを願ってるから」

「……うん……冬馬も、幸せに……ひっく……なってね」

「泣くなよ、……もう拭いてやれないからさ」 

「……大丈夫、だよ……だから、冬馬も、もう心配……しないでね」

明香は、自分で涙を拭うと、にこりと笑ってみせた。

抱きしめたくなる衝動を、俺は、必死に堪えて、掌をぎゅっと握りしめる。

明香は、抱えていた、小さな紙袋を俺に差し出した。

「お弁当、作ってきたの。……私が最後に、冬馬にしてあげられるの、こんな事位しかないから。……冬馬、今までありがとう。……沢山、優しくしてくれて、いつも大事にしてくれて嬉しかった……」

目にいっぱい涙を溜めながら、明香が笑った。

俺は紙袋を受け取ると、明香の頭をくしゃっと撫でた。

「残さず食べるよ、ありがとな」

明香が、席を立つ。俺も立ち上がって、扉に向かう明香の後ろについていく。明香がドアノブに手を掛けた時だった。明香が俺を振り返った。

「冬馬……」 

俺の名を呼ぶと、そのまま、明香が、細い両腕で俺を力一杯抱きしめた。


「冬馬、……大好きだったよ」


俺は、無意識に明香を、よりキツく抱きしめていた。明香の甘い髪の匂いが鼻を掠めて、一瞬で何もかもが、どうでも良くなる。

ただ、明香を離したくなくて。愛おしくてたまらない。全身が、細胞ひとつ残らず、明香だけを求めてやまない。


それでも、ちゃんと、突き放してやらなきゃいけない。

その為に、明香も俺に会いにきたのだから。


「俺も……明香を……愛してたよ」


どの位そうしてただろうか。明香のぬくもりも、髪の匂いも声も何もかも刻みつけたくて、誰にも渡したくなくて、いっそ時が止まればいい程に……。

俺達は、互いの温もりを最後に分け合った。

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