オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
冬馬に、抱きしめられた温もりと、強く抱かれた感覚が体に残る中、私は開かれたエレベーターの一階のボタンを押す。

冬馬に会うのは、今日で最後だ。冬馬への恋しい気持ちは、全てもう忘れてしまわなければいけない。

俯けば、さっき耳元で、囁かれた冬馬の声が聞こえてくる。


ーーーー『愛してたよ』


終わったんだ。冬馬の私への想いも、私の冬馬への想いも。雪のように形を成すことなく、解けて消えていく。

鞄に仕舞っていた、鮮やかなブルーのマフラーを見つめれば、もう視界は、ぼやけそうだ。

私は、無理やり上をむいて、涙を引っ込めると、到着した一階のエントランスを抜けていく。

「明香さん」

どこかで聞いたことある声に振り返ると、紺色のパンツスーツに身を包んだ、未央が立っていた。

「ごめんなさい、呼び止めて。もう体調は、良さそうね」

「あ、その節は、未央さんにもお父様にもお世話になりました」

「私は何もしてないから……。で、珍しいわね、貴方が此処に来るの」 

「……あ、はい。……少し用事があって」 

冬馬と、抱き合ったことを見られた訳でもないのに、心臓の鼓動がすこし早くなった。

私が此処に来たことを、春樹に言われたらどうしよう。

「冬馬?」
「え?」

聞かれるとしたら、春樹の名前が出るのかと思っていた私は、冬馬の名前に動揺した。

「だって、春樹、今日は有給取ってるでしょ?」

有給?……一瞬、言葉を忘れたかのように何も出てこなかった。

「え?……春樹、明香さんに言ってないの?」

「……春樹、今日は外勤で遅くなるって、帰りも遅くなりそうだからって言ってました」

「どういうこと?……春樹、どこにいるの?」

私は、慌ててスマホを取り出して春樹をタップする。春樹が私に嘘をついてまで、今どこで何をしているんだろうか。

暫く鳴らすが春樹からの応答は、ない。

「ねぇ……少しだけ話せる?」

「え?……はい」

「ついてきて」

未央はヒールを鳴らしながら、エスカレーターで二階に上がると、会議室のプレートを使用中にした。
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