オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
ガチャっと玄関扉が開く音と、「明香?」と呼ぶ春樹の声が小さく聞こえてきた。

私は、慌ててシャットダウンすると、マウスを元の位置に戻して、階段を駆け降りた。

「慌ててどうした?そんなに俺に会いたかった?」

春樹は、スーツのジャケットをソファーにかけると、いつものように私の頭をくしゃっと撫でた。

「春樹……」

目の前の春樹を確認するように、背中に手を伸ばした。私より少し高い体温と心臓の鼓動、いつもの春樹の匂いに、ほっとする。

「何処行ってたの?」

僅かに、春樹の身体がこわばったのが分かった。
私は、春樹を見上げて、その綺麗な二重瞼をじっと見つめた。

「会社だよ、大事な契約で郊外に出てたんだ。遅くなってごめん」

「春樹……、私もちゃんと話すから、春樹も話してくれる?」

春樹は、私の瞳を見たまま黙っていた。

「明香は、……俺に何聞きたいの?」

春樹は、ソファーに体を預けると、隣に座るように目配せした。

私は隣に腰掛けて、春樹の掌を握った。

「……今日、冬馬に会いに行ってきた」

春樹の顔が、すぐに曇っていくのがわかった。

「何で?言ったよね、暫く冬馬には会わないでって」

春樹の声色は、いつもよりも静かで、それが、逆に、私は少し怖かった。

「式で、冬馬には、バージンロードで手を引いて貰いたいの。……たった一人のお兄ちゃんだから」

私の口から冬馬の事を『お兄ちゃん』と呼んだことに、春樹が驚いたように私をみた。

「冬馬は……もう、お兄ちゃんだから。私……春樹と幸せになりたいの。春樹の想いにどれくらい応えられるかわからない。だけど……もう、嘘は()かない。だから……春樹も話して欲しいの」

春樹は、私の頬にそっと触れた。

「何を話せばいい?」

春樹はふわりと笑った。

春樹の返事は、解釈に困る返事だ。私に何も嘘を()いていないともとれるし、どの嘘から話せばいい?その、どちらにも取れて、春樹を疑うようなことを、口に出した自分が嫌になってくる。


それでも、今を逃せば、もう聞けない。
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