オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
「……一年中、あの雪の日に別れた明香を……描き続けてた……いつも、幸せを願っていたよ」

明香と両手を握りしめ合っていた、山下が、そっと、明香の瞳から溢れ出している涙を掬う。

明香が、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。

山下が立ち上がると、キャンバス立てに掛けてあるカバーを外した。

「……結婚すると聞いてね、……大人になった明香を想像しながら、描いてたんだ」

カバーを外したキャンバスには、後ろ姿の髪の長い女性のドレス姿が、鉛筆で下書きされていた。

「わぁ……綺麗……」

明香が、嬉しそうにキャンバスを見ながら、俺を見上げた。

「明香そっくりだな」

綺麗に伸ばされた黒髪に、華奢な首元と、女性らしい、柔らかなカーブを描いた小さな肩。

「……明香も美術講師をされていると聞いて、……あぁ、私の娘だなと感慨深くてね」

山下が、キャンバスと明香を交互に見ながら、明香の頭をそっと撫でた。

「完成したら、お父さん……これ私にくれる?」

「勿論だよ、明香の為に、一生懸命描くよ」

「……ありがとう」

ようやく歯を見せて、にっこり笑った明香を見ながら、山下が一瞬目を見開いてから、目を細めた。

「笑うと片側だけにでるエクボは、美恵子と同じだ……」

「お母さんと……お揃いなんだ。……嬉しい」 

山下は慈しむように、もう一度、明香の頭をそっと撫でた。

「明香……今日は会えて……本当に嬉しかった。……冬馬君も有難う」

「いえ、こちらこそ、有難う御座いました」

俺達にお礼を告げると、山下が窓の外を眺めた。さっきまで夕焼けのオレンジ色の光が、窓べから差し込んでいたのに、空は灰色に染まってきている。

「……山の天気は変わりやすい、雷雨になりそうな雲だ……、そろそろ……帰りなさい」

「うん……また来るね、お父さん」

涙を堪えた山下が、明香を抱きしめた。

「幸せに……」
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