オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
第2章 オリオン座
「春樹、いってらっしゃい」

水玉のエプロン姿の明香が、春樹を玄関先で見送る。

「山の天気は変わりやすいからな、気をつけてな、星見えるといいな」

明香の頭をくしゃっと撫でると春樹が、目玉焼きを頬張る俺を見た。

「怪我させんなよ」

「はいはい、てゆうか、明香に言えよ、どんくせぇんだから」

口を尖らせた明香の唇を、春樹が軽く触れるように自身の唇を重ねる。

「わ、春樹」

明香が俺の方を振り返るより先に俺はどうでもいいテレビのニュースに視線を向けた。

「良い子にしてろよ」

扉のしまる音と共に明香が、おずおずと俺の前に座る。


「何だよ」
「あの……冬馬はいいの?」

察しはついた。明香もおそらく同じこと考えてる。

「今更?何が?」  

嫌でも思い出すから。あの夜を。 

「私と行くの嫌じゃないかなって……その……」

「別に。暇だから。たまには星みてもいいかなって。お前も会いたいだろ?後輩の、(あつし)の嫁さん?」 

「あ、奈々(なな)?」

俺はアイスコーヒーを飲み干すと、テレビの電源を消した。

「仲良かったのに、結婚してからなかなか直接会えてないだろ?」

「覚えててくれたんだ」 

明香が少し間を空けてから口を開いた。

「ねぇ……冬馬」

「何?」

「オリオン座、綺麗に観れるかな?」

思わず明香を見た。あの日みたオリオン座を俺は忘れたことがなかったから。

「……どうだろうな」

俺は明香から顔をそらした。

明香もまだ覚えてるんだろう。忘れて構わないのに。

「……冬馬、あの……私ね」
明香が考え込むようにして俯いた。

「明香」

あの夜のことは、明香には忘れてほしい。

咎めるように名を呼ぶと、明香が俯いた。

思わず明香の片側の頬を引っ張った。明香が泣くのかと思ったから。

「痛いっ」

明香が拗ねたような顔で俺を見た。

「下向いたらまたするからな」

「冬馬のばか」

「うるせ。ほら、早く支度しろよ、昼から篤、迎えに来るらしいから」

咄嗟に俺は誤魔化すしか出来なかった。明香の瞳が、あの夜の事を思い出している、そんな気がしたから。

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