オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
「忘れたって言ってんだろ、どうでもいい」
「どうでも良くないよ……私には宝物なのに」
明香が唇をきゅっと噛み締めた。
「宝物は、春樹からいっぱい貰え」
明香は俺にとって空みたいだから。
時々雨が降ったみたいに、泣いたり、急に降り出した夕立みたいに、悲しんだり、曇り空みたいに、拗ねたり、でも雲ひとつない青空みたいに、空を見上げて心から笑う顔が愛おしくて。
『冬馬、空って青くて綺麗だね』
そう言ってよく、俺を見上げて笑ってた。
だから俺は鮮やかなブルーの青空みたいなマフラーを明香にプレゼントした。
明香がいつも笑っていられるようにと願いを込めて。
まだ、春樹と付き合う前の話だ。
「冬馬……あのね、あの日……」
「明香」
これじゃあ朝と同じだ。俺は小さくため息を吐き出した。
「……明香、やっぱ」
部屋を別にしよう、そう言おうとしたとき、ドアのノックが鳴った。
明香が立ち上がって扉を開ける。
篤が望遠鏡片手に、扉から上半身を折り畳んで顔を出した
「お、兄妹仲良く寛いでるとこ悪いけど、冬馬貸して」
「あ、わかった」
明香が慌てて俺のダウンジャケットをハンガーから手渡した。俺は望遠鏡を抱えた。
「タバコだろ?施設内禁煙だもんな」
「さすが冬馬。天体観測する前にニコチン補給しとこうぜ、積もる話もあるし」
「俺はないけどな」
「そういうなよ、冬馬。じゃあ明香ちゃん、すぐ戻るから」
俺は明香と目を合わせなかった。
篤が来てくれて助かったと思う自分がいた。
やっぱり二人だけの空間はダメだ。いくら今まで気持ちに整理をつけたつもりとはいえ、揺らぎそうになる瞬間があるから。
俺は、篤の背中について歩きながら、あの日、包みを開けて、子供みたいに喜ぶ明香の顔を思い出していた。
真っ白の雪の中で俺に手を振りながら、無邪気に笑う明香の首元で、ブルーのマフラーが、揺れて、空から舞い散る雪に手を伸ばして、明香が笑えば、それだけで俺は幸せだった。
あのマフラーを明香が、どんな想いで撒いできたのか俺は決して知ってはいけないし、聞かない。
ーーーーそれは明香の幸せの為だから。