オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
「おい、篤」

「冬馬、悪りぃな、まだ新婚なんで」

「じゃあ、ごめんね、明香、すぐ戻るからね」

「仲良しだね、おかいまいなくだよ」

私はにこりと笑った。篤くんと奈々はいつも仲良しで幸せそうだ。二人の背中を見送りながら、望遠鏡を担いだ冬馬が小さく呟いた。

「ったく、篤のヤツ」

「どうしたの?」 

冬馬が、柔らかい茶色の髪を掻いた。冬馬の癖だ。困った時や、考え事をするときによくする癖。

「何でもねぇよ」 

そして、すかさず私の掌を掴んだ。

「手袋は?」

「……マフラー忘れないように気をつけてたら、手袋わすれちゃった」

「どんだけ、そそっかしいんだよ」

冬馬は、私の赤くなってかじかんだ指先を両手で包んで、吐息をかける。

あの日とおなじで、私の心臓は、とくんと跳ねた。

「ほらよ」

ぶっきらぼうに、冬馬の手袋を私に嵌めてくれる。

「ちっせー手だな」

ぶかぶかの手袋をつけた私を、見ながら、冬馬が笑った。 

「揶揄わないで」

尖らせた唇を、冬馬がつまんだ。

「あひる」

よく小さい頃、冬馬が拗ねた私に必ずしてたことだ。

「覚えてたんだ?」

「お前もな」

満天の星空の下で、私達は声を揃えて笑った。

「転ぶなよ、あそこの木のそばで観測するから」

そう言うと、うっすらと雪の残る道をゆっくり歩き出す。冬馬は当たり前のように、左手を後ろ手に出した。

私が、手を伸ばすと、ブカブカの手袋の上から冬馬の大きな手が、しっかりと私の掌をにぎる。

冬馬に、手を引かれるのはいつぶりだろう。

とくん、とくん……と鼓動が、早くなる。

私は、蓋をし続けた心の想いが、冬馬の後ろ姿を見ながら溢れそうになった。

望遠鏡の三脚を立てると、冬馬がレンズを、覗き込みながら、オリオン座へと、ピントを、合わせていく。

「お、すっげ!」

切長の瞳を見開いて、子供みたいに笑う横顔に思わず私は、クスッと笑った。

冬馬は、本当に星が好きだ。

「私にも見せて!」

「ちょい待て」

「ずるいっ、冬馬」

咄嗟に私は、冬馬の腕を引っ張って、レンズに顔を寄せた。

「明香、引っ張……」

急にこちらに振り向いた、冬馬の頬に私の唇がわずかに掠めた。

「……あ、……ごめん……なさい」

自分でもわかるくらい声が、震えてた。
思わずどうしていいのか、分からなくなって、私は俯いた。頬が熱い。


「……別に……ほら、こいよ」

冬馬は、私に視線を合わせずに、私にレンズを覗き込むように手を引いた。

ゆっくりと丸いレンズを、覗き込む。


「……わぁ……」

思わず声が漏れた。あんまり綺麗だったから。
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