オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
覗き込んだ藍色の夜空は、まるで星屑を無数に散りばめて、その一つ一つが宝石みたいに色とりどりに輝いて、夜しか描かれない、藍色のキャンバスいっぱいに、光が降り注いでいた。

「オリオン見えるだろ?」

冬馬が、私の右耳から、話す吐息がくすぐったい。

「うん、三つ星のところに星雲が見える」

赤いまあるい星雲の中心から、淡いピンクのカーテンを纏い、紫色の靄がかかって、仄かな銀色の膜で覆われている。


ーーーーまるで、私の心臓みたいだ。


赤い星雲の中心に、閉じ込めた思いは、オリオン座の並んだ三つ星の右側の星には、届かない。

心の膜を何層にも、重ねて、心に仕舞ったまま、それでも貴方を想って夜空に輝き続ける。

ーーーー貴方に見つけてほしくて。

「綺麗だろ?」

思わず一瞬レンズから目を離して、冬馬を見た。

唇を、持ち上げると、私の頭をくしゃっと撫でた。

「何?綺麗すぎて感動した?」

転がりそうになった涙を、冬馬は、気付いてる。

冬馬は、スマホを取り出すと、夜空に向けて一枚写真を撮った。

「あのオリオンの三つ星って、俺らみたいだよな」

冬馬が、首を真上に上げて、夜空を見上げた。

「真ん中が、明香。左が春樹。右が俺。いっつも、一緒だから」

「冬馬……」

「明香、星みてるとさ、嫌なことも全部空が吸い取ってくれる気がすんだよな」

冬馬は、薄茶色の、瞳に焼き付けるようにオリオン座をただ見つめていた。

「お前が幸せなら、俺は何もいらない」

「私は……」

冬馬が、私をゆっくり包み込んだ。

煙草と冬馬の混ざった匂いに、安心して涙がこぼれそうだ。

いつもならこんなこと、冬馬は、絶対しない。

多分、私と二人で過ごすのが最後だと決めてるのかも知れない。 

「俺、家出るわ」

「え?」

一瞬頭が真っ白になる。

「俺も25だし、女連れ込むのに不便だしな」 

見上げた冬馬が、寂しさを隠すように冗談めかして笑う。

「だから、春樹と結婚して幸せになれ。お前の幸せだけを考えろ」

冬馬が私の頬に触れた。

「……冬馬は寂しくないの?」

「何が?」

「……私のこと……」

言葉の代わりに涙が転がった。

「ばか。泣くな」 

「だって……」

「春樹のことだけ見てればいい」

「私のこと置いていかないで」

「あのな、兄貴と離れて暮らすだけ。永遠に会えない訳じゃねぇんだから」

冬馬が、兄貴と言ったのさわざとだ。

私に、あの言葉を言わせない為に。はずれそうになっていた、ブルーのマフラーを冬馬が首の上まで隠れるように巻き直した。

「冬馬」

紡ごうとした言葉を遮るように、ポツンと頭の上に落ちてきたのは、夜空からの涙だった。

「一雨きそうだな」

冬馬は、慣れた手つきで望遠鏡を、片付けて担ぐと、私に手を差し出した。

「お前の手引いてやるの最後だな」

私は、涙を袖で拭ってから、冬馬の左手をぎゅっと握りしめた。

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