オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
明香を、泣かせたのは初めてかもしれない。

俺は、腕の中で俺の手を握りしめて、静かに眠る明香を見つめた。


いつもなら髪を乾かせば直ぐに俺の部屋に来るのに、明香は来なかった。

もしかしたら、俺の部屋に来ようとしていたのかもしれないけれど、おそらく違う。

来るのを躊躇って、いたんじゃないだろうか。

少し強引だったかもしれないが、まさかセックスの最中に泣かれるとは思いもよらなかった。


「冬馬と何かあったのか?」

明香の、頬に触れる。この間の誕生日会でたまたま見かけた、二人の菜箸の取り合いの場面も違和感があった。

あと今日の夕食の時も。何がと聞かれてもわからない。ただ、何か違う、そんな風に感じたのは気のせいだろうか。

「風邪引かせそうだな」

脱がせたスウェットを、明香を起こさないように、着せていく。月明かりでみる、明香の身体は本当に綺麗だ。真っ白の雪のように。


「え?」

思わず俺は指先でソレに触れる。

明香の鎖骨下につけた俺のキスマーク。いつもなら、もう少し薄くなっていてもいいのに、つけたばかりのように赤い痕。

今日、俺がつけたのだろうか?明香が、欲しくて少し手荒にしたときに?たまたま同じ場所に?

それとも……。


『明香さんの、ことになると周りが見えてないみたい』

ふと、未央の言葉を思い出す。

本当だな。明香のことになると、あり得ない妄想ばかりが浮かんできて、自分が嫌になりそうだ。

静かな呼吸音を繰り返しながら、眠る明香を抱きしめて、俺は、絆創膏の貼られた小さな右掌を、握りしめた。
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