オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
「不細工な上に女遊び……どうしても嫌、私」

女が頬を膨らませると目をキュッと、細めた。
嫌?誰が?俺が?意味がわからない。

「その平山冬馬がどうかした?」

女は首を振った。

「とにかく!平山冬馬なんて絶対嫌なんだから!」

艶のある長い黒髪を、風に靡かせると大きく深呼吸した!

「色々教えてくれてありがとう!……あ、これ頂戴」

俺からアイスコーヒーを取り上げると、女は喉が渇いていたのか、ごくごくと一気に飲み干した。

「お前な……」

遠慮の、かけらもなく、人のことを根掘り葉掘り聞いた上に、知らない男の飲みかけのアイスコーヒーを取り上げて飲み干すなんて、俺は思わず笑った。

「どしたの?」

女はキョトンとしながら、空になったアイスコーヒーのカップを俺に突き返した。

「ありがと、これ捨てといて」

「俺が捨てんのかよ」

呆れた俺の顔を気にも留めずに、女は黒髪を靡かせると、颯爽と俺に背を向けて歩きだした。

「変な女」

俺は、入り口のゴミ箱に空になったカップを、捨てると8階のエレベーターのボタンを、押した。

自室で、先日通った、企画書の最終チェックを、していると、コンコンとノックの音がして、扉から、酒井未央が淡いブルーのタイトワンピース姿で入ってくる。

「部屋間違えてんじゃねぇ?」

高校で未央と春樹が付き合ってた頃、俺たちは同じクラスだった。

「冬馬、そんな怖い顔しないでよ」

未央は、香りの良い香水の匂いを、ふわりとさせながら、俺のデスクの横までやってきた。

デスクの写真を見ながら、未央が拗ねたような顔をする。

篤の撮った俺たち3人の写真。

「春樹は、明香さんの何処がそんなにいいのかしら?」

「俺に喧嘩売ってる?」

未央は、未だに春樹に気がある。男と長続きしないのはそのせいだろう。人のことは言えた義理じゃないが。

「売ってない。……ただ、春樹が、結婚するのが嫌なだけ」

「春樹には本音言わないくせに、俺には言えるんだな」

唇を持ち上げてタバコを、咥えた俺に、未央がライターで火をつけた。

「似たもの同士でしょ?」

「俺は女抱きたいだけ、結婚とか興味ねぇし」

「忘れさせてあげようか?」

香水の匂いと混じって、未央の吐息が耳元にかかる。

「それ、お前だろ。春樹とどっちがいいか試してみる?」

未央は、淡いピンクのルージュを持ち上げた。

「お互い様でしょ?冬馬には自分のモノにできない忘れられない女がいるのかと思ってた」

「俺、ロマンチストじゃないんで」

未央が少しだけ宙を見た。

「あっそ、じゃあ本題だけど……冬馬に伝言預かってきたから」

俺は、一つため息を溢した。

「何?幸之助おじ様に会うのがそんなに嫌?」

「うるせぇな」

「今度の役員会出席する事と、貴方にとても大事な話があるそうよ」

大事な話?
幸之助(アイツ)が俺を呼ぶのはかなり珍しい。

「何時?」

「14時に応接室で、きちんとジャケット着てこいって」 

「面倒くせぇな」

未央が扉を閉める前に、切長の瞳を細めた。 

「ま。せいぜい頑張って、課長さん」

部屋の中には、しばらく甘い香水の匂いが漂っていた。
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