オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
応接室の扉をコンコンとノックをする。
「入れ」
声を聞くのも久しぶりだ。低く威圧感のある嫌悪感しかない声。
俺は、ドアノブを、ひねると中に入った。
「失礼します」
黒からのソファーには、どこかで見た白髪混じりの男と、上座には、幸之助が座っていた。黒髪を後ろに流すように整えてあり、組まれた足には高そうな革靴のつま先がこちらを向いていた。左手の薬指には指環が光る。
女にだらしなかったくせに、世間体の為だけにつけ続けているんだろう。
「冬馬、座りなさい」
「はい」
俺は、白髪混じりの男の前に座った。
「君が冬馬君か、いや、社長によく似ている」
男は名刺を取り出した。交換した名刺には
大津中央銀行 頭取 神谷 滋と記載されていた。
松原工業の入出金から投資信託、融資など全てを任せている主要銀行だ。
「平山冬馬です。宜しくお願い致します」
「平山なんですね」
「あぁ、勿論認知してますよ、間違いなく僕の息子なんでね、ただ冬馬には嫌われてましてね、母方の姓を今だに名乗ってるんですよ」
はははと笑う声に虫唾が走る。
ーーーーそれにしても、なんで俺なんだ?頭取に合わせたいのなら、春樹が適任だろう。
「ご用件をお伺いしても?」
「もう少し待てないのね、お前は」
牽制するように、幸之助が俺を切長の瞳で見る。俺と似た瞳を見るたび、同じ血が流れてることに吐き気がする。
「いやいや、いいんですよ、こちらの不手際で、お待たせして申し訳ありません。さっき迎えをやったので、そろそろ来るはずですので」
ーーーー迎え?まだ誰か来るのか?
その時だった。扉の外から騒がしく声が聞こえてくる。
「橋本離せ!」
「落ち着かれてください」
「やっぱり、絶対反対!」
威勢のいい声と共に扉が開いた。
入ってきたのはスーツに身を包んだ30代くらいの男と、小柄なショートカットに、黒斑メガネをかけた、スウェット姿の女だった。
「芽衣!な、なんだその格好は」
「来ないで!私に触んないで!」
スーツの男に腕を掴まれたスウェット姿の女が、腕を振り解こうと暴れている。
「橋本、芽衣を、連れて来いとはいったが、これは一体!?」
神谷滋の顔が、みるみる険しくなった。
「申し訳ございません」
橋本と、呼ばれたスーツの男が、頭を下げた。
「いいかげんにしなさい!恥をかかせるな!」
神谷滋が立ち上がると、一喝して女の手首を掴んで無理やりソファに座らせた。女は、怒声に驚いたのか、俯いてスウェットの裾を握りしめている。
「久しぶりだね、芽衣ちゃん」
「……幸之助おじ様、ご無沙汰しております」
女が、か細い声で答えた。
「お見苦しいところをお見せしてしまい、また、あろうことかこのような格好で、松原社長、申し訳ありません」
「いや、何も問題ありません。素敵なお嬢さんだ」
長い足を組み直すと、俺に向かってゆるりと唇を持ち上げた。
「冬馬、お前の婚約者の、神谷芽衣さんだ。
近々、式をあげてもらう」
「は?」
「え?」
俺と女の声が重なった。